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犀と歩く

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碇シンジさま


手紙を書くのは、後にも先にもこの一度きりでしょう。
旅をしましたね。
まだ覚えていてくれるでしょうか。
勾配がきつい砂利道を歩きましたね。薄暗いトンネルはおそろしくって、ふたり思わず足が速まりました。
そういえば枕木が腐っていて、踏み込んだ足がずぼりと嵌ったきみは手をぶんぶんと振り回して「カヲルくん、カヲルくーーん!」と叫んでいたこともあった。面白くって、かわいらしかった。こんなことを書いたら、顔を真っ赤にして怒られるかもしれないね。
あの旅を、ぼくは忘れない。わらって、きみが拗ねて、怒って、仲直りして、またわらって。小学生のような旅でした。きらきらと光るビー玉のような思い出だ。
腕一本で支えられるくらい細いきみは、今でもそのままだろうか。できることなら、抱き心地良くなっていればいいのにと、不純にも願ってしまうぼくを許してください。
きみは少し老けた?
白髪は?
皺は?
太った?それとももっと痩せてしまった?
背は伸びただろうか。目は今のまま、みずうみのように深く、うつくしいだろうか。
どうであっても、ぼくはきっときみがすきなままだとおもう。後悔することなく、きっとすきなままだとおもう。
傷つきやすくて、繊細で、でも逞しくって。すぐ怒って、そっぽを向いて、でも猫のようにまた擦り寄ってくるような、きみをすきなままでいるのだとおもう。
瞼を閉じれば浮かぶ、きみをすきなままであると信じているんだ。
年を経てゆくきみを見ていたいけれど、それでももうこの先もずっとすきだと言える自信があるから、ぼくはきっと大丈夫。悔やみはしない。
ぼくの名を、すきだと言ってくれてありがとう。
ぼくはきみの、くしゃっとしたわらい顔がすきだ。だから身勝手にも、わらっていてほしいとおもう。
きみに春がくればいいとねがう。
寒く丸まる時期はもう過ぎたんだ。シンジくん、わらっていてくれ。嘆かないでくれ。
しがみつくように生きた後には、きっとぼくが待っているから(そう言われたら、きみは百歳になっても、千歳になっても、元気でいるかな?ぼくと会いたくない一心でさ)そのときはまた旅をしよう。
今度こそ、湖を見ようよ。
きみのような、みずうみを見よう。
きみにすきな人ができても、構わない。そりゃあものすごく嫌だし、腹が立つけれど、それでも構わないから。問い詰めないからさ。
一緒に、歩こうよ。
スニーカーをぼろぼろにして、歩こうよ。
そのときはさ、待っていたご褒美に手を繋いでくれないか。
シンジくん。
碇シンジくん。
ぼくもきみの名前がすきだよ。
呼ぶと、凛とする。
その名前がすきだ。きみがすきだ。
手を繋いで歩こう。
ぼくは廃線路を巡りながら、待っているから。
すてきなものを両手一杯見つけて、待っているから。
また、旅をしよう。



作品名:犀と歩く 作家名:夏子