犀と歩く
上手く伝えられないことがもどかしい。伝わらないことはなんてかなしいのだろう。知ってほしいと願うこの感情はなんと浅ましいのだろうか。
「こわいのは、きみじゃない。こわいのは、自分の弱さの所為なんだ」
胸に痞えた凝りがぽろりと取れた。思索するよりも前に言葉にすることはこんなにも難しく、またもやもやとした雨雲が霧散するかのような心地がするのだと初めて知った。
「ごめん」
小さく震える肩に、おそるおそると手を伸ばす。しかし微かに触れる間際、心臓が一際高く鳴った。
しんでしまいそうだ。
瞬間、そんな言葉が頭に浮かび、手が引けた。考えれば唐突に、触れられなくなったのだ。
体中が沸騰しそうだ。血流が逆行し、急速に顔が赤らむ。
ああ、とおもう。
彼が下を向いていてよかった。
引いた手の平で口元を押さえる。
「シンジくん」
肩がびくつき、指先が痺れた。
「どうか、こわがらないでくれ」
違う。初めからこわがってなどいやしなかった。本当は彼に近づきたいと思う自分を恐れていたのだと、今更になって気付いた。
大人びて、それでいて幼い面も持ち合わせていた彼の、こわがらないで、という呟きはいつまでも胸の中に残っていた。