犀と歩く
「わからない」
「そんなの」
「おかしいよね、おかしいけど、本当なんだ」
あまりにきみがやさしいからだとは気恥ずかしくて言えそうにない。
自分では力になれず、果たせなかったが、どうか彼のようにやさしいひとがアスカの側にもいればいいと願った。
「ぼくは、誰かにきみを傷つけられるのはいやだ。こんな風にぼろぼろにしたやつを、憎いとおもう。だけど、きみが後悔ひとつしていない顔をしているものだから、ぼくは怒れなくなってしまったんだよ、シンジくん」
困ったように眉を顰めながら、白い指で涙を拭う。その尖らせた唇がおかしくて、シンジはそっとわらってしまった。
ふたりでくすくすとわらい合う。しかしふとした瞬間、「シンジくん」と彼が呼んだ。
真摯な目とぶつかる。
「こんなときにきみが頷いてくれるとは思えない。けれど、たった一度きりのお願いがあるんだ」
「何」と返すと、「たびをしようよ」と彼が懇願するように瞼を伏せて言った。
「ふたりで、旅に出ようよ」
固く閉ざされた瞳は見えず、真意は今でも分からない。
けれど自分たちに残された時間が後僅かであることを、彼はやはり気付いていたのだと後になって思った。