犀と歩く
6
「みて!虹だ」
旅は唐突に始まった。背中からはみ出すほど大きなリュックサックを背負って現れた彼は、こちらが用意する間も与えず腕を引っ張って部屋から連れ出したのだ。
膨れっ面をして彼の後をついていたが、電車に乗るにしても、車窓から景色が流れていることでさえ新鮮に映るのか、こどものようにはしゃぎ立てる彼を見ていたら保護者のような心地がしてきていつの間にかシンジの顔から怒りや不安が消えていた。
「そうだね、虹だ」
たばこ屋の軒下で雨宿りをさせてもらっていたが、突然振り出した土砂降りの雨は降った時と同様に出し抜けに止んだ。おばあさんにお礼を言って別れる間際「たのしそうねえ、学生さん」と彼女は頬の皺を深くしてわらって言った。
「はい、たのしいです」というカヲルの答えを聞いて、今更ながら、ああ楽しんで良い旅なのだとそのとき思った。
だから、だ。初めて見る虹にわあわあと歓声を上げてしまった。
「きみも、ちゃんとこどもだったんだね」
「何それ。一個上だからって、大人ぶらないでよね。きみだって、虹がみたいとか言ってたくせに。何でそんな冷静なのさ」
「冷静?そう見える?きみと見れたことが、うれしくてうれしくてたまらないんだよ。本当は、叫んで走り出したいくらいだ」
「うそだ」
「本当だよ」
うそ、うそ、うそつき、とシンジが繰り返すと、「ほんとうのほんとうなんだ」と言って彼がシンジの手を握った。
「ね?」
虹は七色で、絵より写真より、心を揺さぶった。
しかし虹より、ひんやりと冷たい彼の手が微かに震えていることの方が、よっぽどシンジの心を揺さぶった。