観用少年
Episode.5
骸が来てから17日目の朝、綱吉は子ファミリーの拠点の一つを訪問していた。
格下とはいえボンゴレ直属のファミリーといえば、この世界ではかなり大きな部類に入る。
ボスの綱吉といえど、あまり礼のないふるまいはできなかった。
慌ただしくスケジュールを調整し、きちんとアポイントを取り、話を聞くことになったのだ。
「残念だが、ドン・ボンゴレ、スペードの資料はあまり現存していない。3代目以降のボスにスペードの評判は芳しくなかった。彼しか映っていない写真や肖像の大半は処分されたと聞いた。私がスペードの写真を見たのも若い頃、一度きりだった」
綱吉に、骸の容姿がD.スペードに似ていると伝えたその男は、煙草に焼けた太い声で言葉少なく、なまりのあるイタリア語を紡いだ。
初老の男は、皆に父親のように慕われているボスらしい。
特に大きな功績を立てた訳でもなければ、際立つような知性もない。しかし、ファミリーの人間関係については、その家族の名前や消息まで覚えている、実直な愛情深い男と9代目は評した。
「うん、俺も見たことないよ。指輪の力でプリーモと話したことはあるけど。どこか、資料のあるところに心当たりは?」
「本部の倉庫は、先代のときの抗争で大半が失われた。あるとすれば、同盟ファミリーだろう」
「ありがとう。あとさ、骸のどこが似ているか、教えてくれないか」
話していても、イタリア人特有のオーバーアクションは見られない。しかし気づまりなことも全くなかった。綱吉自身に向き合っている、と強く感じさせるためか、ともすれば日本語で話しかけても通じるのではないかと錯覚しそうになった。
「まず髪型が、よく似ている。あの男以外でこんな風に逆立てるのは見たことがない。顔立ちにも面影がある。スペードも、女のように整った顔をしていた。貴族だったらしい」
「そう・・・」
「私も馴染みをあたってみよう。縁あればきっと、この子はボンゴレの元に留まる。そういうものだ」
綱吉の腕で、骸はおとなしく抱かれている。話を聞いているのかいないのかもわからなかった。が。
「瞳は違うな。スペードは、どちらも同じ青だった」
その一言で、人形がすっと顔を俯けたのを、綱吉は見逃さなかった。
本部に帰ってすぐ、綱吉は同盟のボスたちに向け、私信の形で、スペードに関わる情報の提供を要請した。
更に3日後の午前。綱吉の元に一本の電話が入った。
「ツナくん、メールくれた件だけど、うちで初代のボンゴレファミリーの写真が見つかったんだ。古くて状態は悪いんだけど、良かったら持って行こうか?」
規模は小さくとも、付き合いからすれば最古となるシモンファミリーのトップである盟友は、前置きもなく綱吉に告げた。
「本当?!助かるよ炎真、ディーノさんのところにもなくって困ってたんだ」
「わかった。今日お昼くらいは大丈夫?」
「うん。本部で仕事の予定なんだ。待ってるよ」
「じゃあさ、ちょっと言いにくいんだけど、・・・・・アーデルが君の人形を見たがっててさ。資料を探してくれたのもアーデルなんだ。連れて行っていい?」
綱吉はすこし言葉に詰まった。シモンのナンバー2であるアーデルハイトは、雲雀と似たところのある烈女である。雲雀を無視する人形との相性が良いとは思えなかった。
「そうだね、たぶん、寝てると思うんだ。それで良かったら、構わないよ。無理に起こすのはかわいそうだから」
「わかった。言っておくね」
正午をいくらか過ぎたころ、綱吉が骸のいるべッドルームの扉を開けると、どん、と何か小さいものがぶつかってきた。
わ、と声をあげて足元をみると、骸が半裸で綱吉の足にしがみついている。
「ああ、沢田。ちょうど良かった、その子捕まえててよ」
「え、骸、なんでそんなかっこで、ってヒバリさん!?ここ俺のベッドルームなんですけど・・・!」
「うん知ってるよ、だから何」
堂々とプライベートスペースの侵入を認められてしまうと返答に困る。
「えっと。なんでこいつ服着てないんでしょう」
今朝まで、パーカーに半ズボンという絵にかいたような幼児ルックをしていたはずだった。涙目になっている人形を抱き上げて頭を撫でてやると、綱吉のシャツにしがみついてくる。預かって当初の、表情の硬さはどこへやら、
(わかりやすく怯えてるなあ・・・)
加害者本人がいなければよしよし怖かったね、と言ってやるところだ。
「うん。これ着せてみようと思ってね」
雲雀が掲げて見せたのは、粋な色合いの、人形サイズの浴衣と帯と襦袢。なるほど、人形がひとりで着がえるには無理のある代物かもしれない。が、普通他人の人形で勝手に着せ替え遊びをするものだろうか。
(って、雲雀さんに常識守れって方が間違ってるか)
雲雀のいる処、常に彼が法であるのはドン・ボンゴレの故郷に限ったことではない。何故なら綱吉が雲雀に逆らえないから。
「ボンゴレ、プランツは?勿体つけずに見せなさい」
低い女性の声。げ、と綱吉は呻いてしまった。
「ああ、君も来てたの」
「雲雀恭弥。男の癖に人形に不埒な真似をして。粛として清まりなさい」
「君こそ、人形目当てにわざわざ他ファミリーまで来るなんて、御苦労だね」
二人同時に武器を構える。やめてー!と綱吉が叫ぶ前に、音を立てて壁に穴が開いた。
「ああ、なんて可愛らしい・・・!」
いつも凛としたグラマラスな美女が、蕩けるような眼差しを人形に注いでいた。似合わないことこの上ない。
結局、骸は見よう見まねで綱吉が着つけた浴衣を着ている。ぐったりと気疲れも露わだった。
浴衣姿の人形を一目見て、またひとしきり暴れて、雲雀は気が済んだとばかりに退場していた。
炎真は写真を綱吉に見せていた。
「変色しててごめんね。ボンゴレの技術班なら、再現できるかもしれないと思ったんだ」
「うん、きっと大丈夫だよ・・・この端に写ってる人、だよね。他の守護者はわかるから」
黒っぽい髪を逆立て、モール付の上着を着た男が、恋人らしき女と寄り添うように、他の守護者と写真に写っていた。細部は分析が必要な状態だが、骸と似ているという話の確度は上がった。人形がボンゴレに縁あるものであるなら、おおっぴらに組織の力を使えるのだ。
既に獄寺は、スペードの足跡の洗い出しに着手している。期限まで残すところ10日。間に合うかもしれない、と綱吉は思った。