二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

可能性の話

INDEX|3ページ/5ページ|

次のページ前のページ
 

「人って、脳にだけ心があるのかしら。それとも、体にもあるのかしら」
波江は資料を整理しながら、振り返りもせずに背中を向けてつぶやいた。それは独り言とも、彼女の後ろにいる彼女の上司、臨也に投げかけているとも見えた。
「精神活動を司るのは脳だから、そういう観点からみれば脳にある、といえるんじゃないのかな。というか、その辺のことは君のほうが詳しいか」
ほう、という顔から、にやついたいつものあの顔に戻りつつ彼はその彼女の言葉を拾った。
「科学的根拠はないけれど、記憶を蓄えられるのは脳だけでなくて、心臓にもある、という説があるわ」
「あぁ、小説にとりあげられたりしているよね。実際に心臓移植後、患者の趣向・性格がドナーに似たりする症例もあるらしいし。うん、記憶も心の一部だとしたら、体にもあるのかな。心は」
「記憶細胞というのもあるわ。それは、今言っている心の一部である記憶とはちがうのだけど。でも、人の記憶がこの細胞一つ一つにある、という考えもあるのよね」
二人とも小難しい話をしているが、その手はよどみなく目の前にある仕事をこなすため動いている。互いに目をあわせることもしない。部屋の中ではただキーボードをたたく音や紙のこすれる音、二人の声だけが飛び交っている。
「小説で、心の正体を命として、それは記憶であり、そしてそれを霊にたとえているものがあってね。なかなかおもしろかったよ」
「それ、私も読んだことがあるわ。たしか、体全体に命がある、だったかしら」
「そんな感じだったよね。脳にも体にも心があるなら、脳と体が分かれてもそれぞれ意思があってもおかしくないのかな?」
その言葉に、波江の動きがわずかに乱れたことに臨也は気づいた。彼はふ、と小さく口元を笑ませると、ようやくその意地の悪そうな顔を彼女へ向けた。
「デュラハンの話だろう?」
「・・・・・えぇ、まぁ」
にごすように、歯切れ悪く彼女は肯定する。
「あのデュラハンを見てると、やっぱり心は脳にも体にもあるんじゃないかって思うよ。あぁ、あの首はまだ生きている感じがするよね。あの首にも心が、意思があるのかな。面白い」
「脳波はちゃんとあったわ。普通の人間で言う、睡眠状態で、体温は身体がないせいか、さすがに低めだった」
「へぇ。実は、周りの音って聞こえてたりするのかもね。普通の人間だって寝ているときもまわりの音は聞こえているしね」
「そう、実験でそういう結果が出たのよ。あの、首は、音も聞こえるし、それに」
彼女が手を止めるので、つられて彼も手を止める。そして少し間を空けて彼女は言った。
「夢を、みるのよ。あれは」
部屋は明るく、昼下がりの陽気がやわらかく大きな窓から差し込んでいる。空は青く、部屋の中では聞こえない喧騒は外でがやがやといつものように音を立てている。
「へぇ・・・・。おもしろいね、おもしろいよ。そういえば、その実験結果とか、俺に言っちゃっていいの?」
臨也は椅子の背もたれに深く寄りかかりながら、興味深そうに波江をみた。まるで品定めをするかのように、目を細める。それでいてほんとうに面白そうに口を開いた。
「べつに」
「そう・・・・。じゃあ、語りかけるのもまったく無駄というわけではないんだね。今度からいっぱい話しかけてみようかな」
「そう、気持ち悪いわね」
「はは。おじさんもそうしてたんじゃないかい」
そう言われて、彼女は肯定も否定もせずに涼しげでいて無表情な顔を少しだけゆがめた。いやなことを思い出した、とでも言いたげだ。
臨也はもう完全に仕事をする気がなくなってしまったようで、集中していた意識をパソコンから波江との話しに向けた。手をキーボードからコーヒーのカップへとずらしてその黒い液体をすする。
「そういえば、デュラハンってどうやってできるんだろうね」
「どう?」
「うん。あれは、もとは人間だったんだろうか」
「デュラハンが、人間だった?」
波江も興味が出てきたのか、視線を彼の方へと向けた。黒い髪がさらさらとゆれて、窓から差し込む光を綺麗に反射した。
「御伽噺でもさ、よくあるじゃないか。人間が妖怪やら悪魔やらになったりすること。人間が死後に幽霊になって現世をさまよったり、人が人外になるってのは珍しい話じゃないだろう」
「そうね。人間でも化け物みたいな人はいるし」
「・・・・、うん、まあ、だからね。あれも元は俺が愛する人間だった、という可能性もあるんだよね」
「なるほどね、そういうことを言い出す人はいなかったわ」
「新しい発見だろ?」
「可能性があるというだけでしょう」
くつくつと笑う臨也はくるりと大きな椅子を回転させて、後ろのそのおおきなガラスから外を見下ろした。その部屋は値段も高い高層マンションだったので、新宿の景色を一望できた。高層ビルがひょこひょこその辺に立っていて、その下で道路や建物が複雑に織り交ぜられていた。そこに自動車や人間たちがわらわらと虫のように行きかっている。
「その考えでは、人がデュラハンになるということよね。あなたの愛する人間が化け物になるんだわ」
太陽が雲に隠れたのか、自然光だけの部屋が突然薄暗くなった。しかし、外は不思議と普通に明るいのだ。
「そういうこともあるかもね。実際、そういう化け物もいるしね。悪魔と呼ばれる者もいる。人間は得体の知れない人間を、不安や、不幸の生贄のために、自分たちの安心材料としてそういう人たちを悪魔と呼び迫害するんだ。おもしろいよね!そう考えると人間は本当に化け物になりうるんだよ!」
いきなりテンションのあがる上司を尻目に、波江はふと、考えたことが口に出た。
「私も・・・・デュラハンになったら愛してもらえるのかしら」
言ってしまってから、しまった、と彼女は顔をしかめた。彼が、身を乗り出すようにしてその話に飛びついてきたのだ。
「それはどうなんだろうね?君の弟君はあのデュラハンの首を確かに愛している。その首の顔を。確かにあれは綺麗だと思うよ。人間離れした美しさがあると思う、実際人間じゃないしね。君がもし、デュラハンになったとして、首と身体が離れたら、うん。もしデュラハンになってその魔的な美しさを手に入れられるとしたら、たしかに可能性はあるよね」
「可能性ね・・・・なら、私が絶対にデュラハンにならないとも限らないわね。あの首に呪いか何かがかあったとしたら、きっと、私が一番にかかっているでしょうね」
「君はあの首を憎んでいるけど、同類になるのはかまわないんだ?」
「さてね・・・・仮定の話をしているだけよ」
「そういえば君、どうして自分が整形してあの首と同じ顔にならなかったんだい?それが一番手っ取り早いだろうに」
「完全に同じ顔になるのは不可能よ・・・・似ていてでもしなければ・・・・それに、私はそんなこと、絶対にしないわ。あれと同じ顔になるなんて・・・・・」
突如彼女の顔が憎しみにゆがんだ。それはまるで鬼女のようで、美しさもあいまって見るものを凍らせる迫力がある。部屋の温度が下がっていくのに対して、臨也の気分は上がっているみたいだ。
作品名:可能性の話 作家名:亜沙覇