こらぼでほすと 闖入6
「慌てなくていい。俺は、ここにいるんだから、おまえが考えるようにすればいいさ。ちゃんと、考えて世界の歪みを確認するのが、おまえの目的だ。それを蔑ろにするのは、良くない。」
テレビに向いていた身体を、刹那のほうに向けて、親猫は微笑んでいる。刹那の経験値を引き上げるための世界放浪だ。それを疎かにしてもらっては困る。
「蔑ろにするつもりはない。」
「うん、そっちが優先だ。・・・なあ、刹那。俺が、こんなことになったのはさ。結局、狭い世界から出なかったことも原因なんだ。家族を亡くして、その復讐ばかり考えていたから、広い世界なんて考えなかった。・・・たぶん、わざと目を背けたんだと、今は思うよ。・・・・俺みたいにならないためには、視野は広げるほうがいい。ひとつのことに拘るのも大切なことだけど、それだけじゃダメなんだ。・・・・狭い世界の中で考えをひとつにしちゃいけないんだ。そうしないと、俺みたいになるからな。」
敵は討った。だが、自分も、それで満足して死んでは意味がない。そんな些細なことのために、組織はあるわけではない。世界から戦争を根絶するためには、個人的なことなど拘るべきではない。ようやく、それが、ニールにもわかってきた。結局、自分は家族の復讐のためだけに、組織を利用してしまった。テロリストとして戦うことは必要なことだが、その理由を個人的な理由にしてはいけないのだ。
「シンが言ってた。憎悪で戦うと、憎悪するものばかり増えていく。それに、凝り固まったら、もう、そこから逃れられなくなって、全部なくしてしまうんだってさ。・・・・そういう戦い方はしないほうがいい。わかるな? 」
刹那は、戦いに対して憎悪は持っていない。ある意味、ニュートラルな状態だ。だから、それを曲げるようなことはさせたくないし、なるべく、世界の様々なものを吸収して欲しいと願っている。逢えないことは寂しいとは思うが、自分の気持ちなんてものは、どうにかするしかない。それよりも、刹那には経験を増やして生き延びる術を、たくさん身につけて欲しい。刹那が、組織の再始動に参加して生き延びてくれるほうが重要だ。
「だが、あんた、寂しいだろ? 」
「それこそ些細なことだ。気にすんな。」
「嘘だ。」
黒子猫が、じっと睨む。親猫の言うことは理解しているが、それだけを優先するつもりは、刹那にはない。この親猫は寂しがり屋だ。『吉祥富貴』に落ち着いてから、それがよくわかった。だから、なるべく、親猫にも逢いたいと思う。
「・・・嘘かもしれないけど、いいんだよ。」
「俺が帰ってくるのは迷惑か? 」
「大歓迎だよ。・・・俺は、憎悪で憎悪を増やした。そこから戻れなくて、こうなった。おまえさんには、そうなって欲しくないから、そうならないために、いろいろなものを見て感じて来て欲しいと思ってる。・・・・疲れたら帰ってきて、身体を休めればいい。そういう場所として、俺は、ここに居る。そういうことだ。」
だから、時間が許す限り、世界を見て来い、と、付け足して、黒子猫の頭を撫でる。世界から戦争を根絶するための方法は、すぐには見つからないだろう。けれど、今現在、歪んでいる世界の原因は把握するべきだ。そのために、『吉祥富貴』も利用すればいい。その協力は、『吉祥富貴』側も、惜しみなくしてくれるはずだ。
「あんたは、いつも俺のことを優先する。」
「そりゃあ、俺はおまえさんのおかんだからな。おかんっていうのは、そういうもんなのさ。」
ただ見守ってやること。それが、ニールにできることだ。そして、マイスター組リーダーとして成長させるための助言ぐらいしかしてやれない。漢方薬で、身体は楽になったものの、気圧変化が激しければ起き上がるのも厄介な状態は改善されなかった。たぶん、もう身体の根本的なところがダメになっているのだろう。マイスターにもエージェントにもなれないのだから、こんなことぐらいが関の山だ。この状態で、いつまで生きていられるんだろうと、漠然と考えてしまう。出来る限り、刹那たちの戻る場所でいてやりたいのだが、それだって、いつまでかは、当人にもわからない。だから、逢えたら、自分が考えていることや、間違った経験については語ろうと思っている。
「あんたは生きていないとダメだ。」
「わかってるよ。」
黒子猫も、親猫の考えていることは、なんとなく理解している。逢う度に、助言や体験談を説明してくれるのも、どこかへ連れ出してくれるのも、黒子猫のためだ。時間がないのかもしれない、と、親猫は思っているのも、黒子猫は知っている。実際問題、親猫の身体は快方に向かうことは、今のところない。治療方法がないので、進行を食い止めるしかないからだ。
「あんたこそ、生きる努力をしろ。俺は、あんたがいなくなったら、どこにも戻る場所がない。・・・・そうなったら、あんたの教えなんか無視して世界を憎む。」
「こら、刹那。」
「あんたが生きていられない世界なんか滅ぼしてしまいたくなる。」
「はいはい、ちゃんと生きてるさ。おまえさんが戻って来られるように、寺で女房をやってる。おまえさんこそ、ちゃんと戻って来いよ? 」
再始動までの時間は、そう長くないのだろう。ティエリアの伝言も、そういうことだろうし、歌姫が、刹那に戻る頻度を増やせ、というからには、再始動の時間が判明したのだろうと思う。新しい機体がロールアウトして調整するまでの時間だとすれば、一年を切っているのかもしれない。黒子猫の赤銅色の瞳は、「置いていかないで。」 と、叫んでいる。置いていくつもりはない。なるべく、見守っているつもりだ。
「戻って来る。」
「あはははは・・・言い切ったな? よし待っててやるから、存分にやってこい。」
「だが、もうしばらくは、ここに居る。あんたと動物園に行く。俺だけ、デートしてもらってないのは不公平だ。」
「まあ、二、三日したら連れて行ってやるよ。」
明日には、天候は安定する。そうなったら、出かけるのは問題ない。今度は、暑くも寒くもないから、ゆっくりと動物園を散策できるだろう。
翌日、朝から沙・猪家夫夫が、寺に顔を出した。これから、特区の西に遠征するので、挨拶がてらのことだ。秋雨も一段落して、良い天気になっている。寺では、ニールが、ご機嫌で洗濯物を干していた。
「今日から、あちらと合流してくるけど、なんか持って行くものとかないか? 」
裏庭に悟浄が声をかけたら、ニールは首を傾げている。悟空からメールは、ちょくちょく送られてくるが、何か必要なものとか言うメッセージは皆無だったからだ。
「別に、何も連絡はないんだが? 」
「あーまーそうかもな。あいつら、着の身着のままでいいからな。」
以前、長いこと旅をしていたので、それほど荷物に執着はない面子だ。足りないなら、現地調達するだろうし、上司様ご一行も、今回は正装するような用件もないから、似たり寄ったりではあるだろう。
「三蔵から、何か言ってきましたか? ニール。」
作品名:こらぼでほすと 闖入6 作家名:篠義