永遠に失われしもの 第15章
セバスチャンは、広間の寝椅子に横たわる
シエルの元に行き、床に片膝をついて、
その細く柔らかく、
ゆるく癖のある髪を優しく撫でる。
白磁器のように滑らかな肌と、少年らしい
柔らかな輪郭を確かめるように、
顎から耳元まで包み込んで手を添えた。
−−私の予想が確かなら、
貴方の細々に分かれた意識の一つは、今、
私とカールの夢を、
ご覧になってらっしゃるのでしょう−−
それは私であって、私ではないもの。
お傍をすこし離れますが、
今その夢を終わらせて差し上げますから、
しばらく待っていてくださいね−−
ウィルは、中庭へと続く広間の窓を開け、
軽く口笛を吹き鳩を呼び寄せ、その脚に、
通信文をくくりつけて飛立たせる。
程なくして、銀色の長い髪と黒衣をまとった葬儀屋が、色とりどりの花の咲き誇る中庭に現れた。
「今度は何だい?....やっと
謁見が終わったばかりだったというのに」
するっと風が舞い込むように、
広間に葬儀屋が入ってきて、ウィルは
身体を深く折り曲げ、侘びを言う。
「お呼び立てして申し訳ありません」
セバスチャンは立ち上がって、
葬儀屋に尋ねる。
「何かお飲み物をご用意致しましょうか?」
「ああ...そうだねぇ...
カプチーノできるかい?
最近はまってしまってねぇ...」
「かしこまりました」
セバスチャンは広間を出て厨房に向かう。
すかさず、ウィルもスツールから離れて、
後に続いた。
背後にすぐ気配を感じて、廊下を歩きながら、漆黒の執事は溜息をつく。
ウィルは目の前を歩くセバスチャンを
冷たい眼で眺めながら言う。
「独りにはさせませんよ」
「あなたは犬ですか?
キャンキャンと後追いして−−
申し上げておきますが、
私は犬が大嫌いなのですよ」
「何と言われても結構です。
アナタは信用なら無いので。
やはり飼い主を見てもらって、
私はアナタを監視したほうが良さそうだ」
「とんだ気に入られようですね−−
お断りします。
貴方と共同作業などできる気がしません」
「それは私の台詞ですっ!」
「なら、貴方がぼっちゃんを見ている
しかないじゃないですか−−」
喧々囂々と、会話の到着点も見えない
やりとりをしながら、
セバスチャンは手際よく用意をする。
「貴方もお飲みになりますか?」
どうせ要らないと言うだろうと思いつつも
儀礼で問うセバスチャンに、ウィルは、
意外にも「ええ、お願いします」と答えたので、驚いていた。
その顔をみて、
不服そうにウィルは尋ねる。
「いけませんか?
なら、聞かなければいいのに」
「いえ、そういう事ではありません−−
ただ貴方のことは、まるで
理解できそうにないと思っただけです」
「私だって、悪魔の考えることなんぞ、
ちっとも分かりません。
分かりたくもありません。
大体なんで悪魔なんていうものが、
この世に存在しなければならないのか」
「ふふ、この世の中は、貴方が必要だと
考えるものだけで構成していてほしいと?
随分と傲慢な方ですね」
嘲笑的な微笑を浮かべつつ、銀のワゴンを
広間に運ぶため、廊下を戻るセバスチャン
と、それの後に歩むウィル。
「私の要望の話ではありません、
率直な疑問です」
「それでも均衡と秩序を守るには、
私みたいなものも必要なのですよ。
光があれば影があるのと同じで。
貴方みたいに、どちらともつかない者には
分からないでしょうけれども」
作品名:永遠に失われしもの 第15章 作家名:くろ