永遠に失われしもの 第15章
セバスチャンは、厨房にある半分開いた
ワインの瓶を眺め、それから厨房を出て、
浴室に向かう。
やはりこざっぱりと整頓された浴室に、
綺麗に薬瓶が並べられている。
一つ一つ丁寧に調べて、元に戻す。
そして漆黒の執事は、軽く頷いて言った。
「なるほど」
「何か分かったかい...?」
「いえ、ここの主シモーネ・カサ−レは、
随分と寂しい人生を
送られていたのでしょうね」
「何故だい?」
葬儀屋はバスタブの縁に腰掛けて、
セバスチャンを見上げて尋ねる。
「寝室にはご主人と見られる写真があるのに
部屋にはどこにも、
家族の生活感がありません。
きっとご主人に先立たれたのでしょう。
台所には飲みかけのワイン、
ここには睡眠薬の瓶。
減り方といい予備の瓶があることからも、
常習されていたと思われます。
夜寝付けないで、
苦しまれていたのでしょうね」
「それが、彼女が今いない理由と、
関係あるのかい..?」
「ええ、
どこに行かれたかまでは分かりませんが、
何故いらっしゃらないかは、恐らく−−
夢喰いの仕業かと」
「夢喰い?.....ただ寝ている者の夢を
喰らうだけの彼らが?」
「正確に言えば、夢喰いの能力を持った
悪魔とでも申しましょうか−−
ただ悪魔としての実体は、
こちらの世界にはきていません」
「そんな者がいるのかい...?
初めて聞いたよ...」
「ええ、それは元々、
この世界にいた者ではありません。
ある意図をもって造られた存在」
「ふぅん....」
葬儀屋の前髪の奥で翡翠色の眼が光る。
「執事君はどうやら、
ソレをよく知っているみたいだねぇ...」
セバスチャンは、眉を顰め、
不快と嫌悪の表情を露わにして、続ける。
「ええ、残念ながら−−よく存じております
その者は、夢を喰らい、夢を捻じ曲げ、
操作した夢を繰り返し見させることで、
夢見る者の心を犯し、自分の良い様に
操ります。
心の隙間に入り込み、身体を乗っ取って、
最後には魂を喰らい尽くすのです」
「ヒヒヒ...まるで傍で見ていた、
もしくは君がされたような口ぶりだねぇ..
ソレがカール・オレイニクの絵を盗み、
その魂を絵に焼き付けたと?」
(執事君の反応は、大変興味深いねぇ...)
「カールの魂が絵に焼き付けられたのは、
その絵のせいですが−−
夢喰いの悪魔は、カールの夢を狂わせ、
彼の最後の瞬間を待っていたのでしょう」
「絵に焼き付いた魂を、
夢喰いの悪魔は喰らえないのかい...?」
「わざと喰らわないでいるのでしょう」
「わざとねぇ...
それが盗まれた理由なわけだね。
それはそうと...
執事君は、カール・オレイニクだけは、
呼び捨てなんだねぇ...ヒヒヒ」
作品名:永遠に失われしもの 第15章 作家名:くろ