永遠に失われしもの 第15章
父親であるべきアルトゥール公爵も、
その子が自分の子とは思っていない様子で
自分の後継者が誕生したというのに、
手に抱かないどころか、
ほんの少しの喜ぶ顔さえ見せなかった。
そしてアルトゥール公爵はこれまで以上に
自分の伴侶である夫人を疎んじ、遠ざけ、
それのせいだけではないと思われるが、
夫人は毎日毎夜、嘆き泣き暮らしていた。
悲嘆にくれる夫人にとっての唯一の支えは
レオ・アウグスト・オレイニクと
名づけられた我が子のみであった。
そしてそれすらも・・
「ある夜、
またアルトゥール様のご不在中に、
夜盗が屋敷を襲ったのでございます。
幸い奥様は無事でございましたが、
夜盗どもは、レオ・アウグスト様を
連れ去ってしまったのです」
夫人の嘆きは尋常ではなく、
昼も夜も、我が子を捜し求めて、
屋敷内はおろか、外にまで
夢遊病のように彷徨い始めた。
が一方、父親であるべき公爵は、
我が子だというのに、
その行方を探そうともしなかった。
「奥様は公爵の弟である、
カール・オレイニク様の所に私を遣わし、
頼りにならない夫の代わりに、
我が子を探してくれるように頼みました」
カールは兄であるアルトゥールとは、
真逆ともいうべき性格だった。
教会には、誰かの結婚か葬式以外では
立ち入らなかったが、
芸術を愛し、
自らたまに絵を描くこともあった。
また彼が居るだけで
その場の雰囲気が、一段明るくなるほど、
陽気で人好きのする性格だった。
彼らのもともとの気質の違いは、
互いの反発によって、年とともに、
さらに極端にふれていった。
カールにとっては、兄の子であるレオが
このまま見つからないままの方が、
兄の亡き後の家督権を相続する事になり、
有利であったはずなのだが、
そう考える種類の人間でもなく、
また兄への反発もあって、
カールは快く夫人の頼みを受け入れた。
「ついにレオ・アウグスト様が
見つかったその夜、
兄アルトゥール様と弟カール様の間には、
決定的な亀裂が生じ、
奥様は精神を完全に病まれて、
取り戻したはずの我が子を、
もはや自分の子と認識することすら、
できなくなったのです」
カールはレオを引き取り、
シモーヌにその子を世話するために、
自分に仕えるように命じたという。
「それ以降、貴方はカール・オレイニクと
レオ・アウグスト・オレイニクと共に
暮らすことになったのですね」
シモーヌはラウルに頷く。
「レオ・アウグストが発見された夜、
彼らに何が起きたのですか?」
しばらくためらったような沈黙を続けた後
目の前の中年女性は語り出した。
「これは公爵家にとって恥になることなので
本来申し上げるべき事ではないのですが。
後でカール様が、
私に教えてくださった所によれば・・・
アルトゥール様こそが人に命じて、
夜盗にみせかけて我が子を誘拐させ、
近くの塔に幽閉させていたというのです。
カール様がレオ・アウグスト様を見つけ、
屋敷に戻ったときに、
アルトゥール様は夫人とカール様の眼前で
その子を亡き者にしようとされて、
その子の胸を長い刃で貫き・・・」
「でも彼は助かったと?」
「はい、心臓のごく近い場所でしたが、
幸い数ミリほど外れていましたので・・
しかし、
奥様はもう殺されたと御思いになり・・」
「なるほど」
正直ラウルにとっては、公爵家のいざこざなど全く興味のない話であったが、
オレイニク家からいつ誰が、
銀の鍵を盗んだのか、
またオレイニク公爵家での
連続不審死事件の犯人を探るために、
まだしばらく続きそうな、
この中年女性の長い話を
聞かなければならないのだろうと、
ぼんやり考えていた。
作品名:永遠に失われしもの 第15章 作家名:くろ