永遠に失われしもの 第15章
「レオの方から誘った?これは意外です」
ラウル刑事は心底驚いた表情を浮かべる。
「ええ。
カール様は私が仕え始めた当初は、
大変明るく気さくな方でよく冗談を言い、
敬虔なキリスト教徒とは言えないまでも、
それなりの常識のある方で、
人の道に外れるようなことをなさるお方
ではありませんでした」
質素なドレスから出したハンカチで、
涙を拭きつつ、シモーヌは話し続けた。
「レオ・アウグスト様は、一言も喋らず、
心もここに無いご様子でしたが、
カール様は、
兄の子に対する仕打ちに憤りながら
レオ様のご様子を大層心配し、
閉じてしまった彼の心を何とかしようと、
手厚くもてなされていましたし、
私ども使用人に、彼を癒してあげられる様
誠心誠意尽くすように命ぜられました」
「それでレオがそのカールの優しさに乗じて
誘惑したというのですか?」
「私はある日
扉の外で聞いてしまったのです。
サロンにはいつものように、
レオ・アウグスト様とカール様が
いらっしゃいました。
カール様の
『そんなに僕を誘わないでくれ』
『僕を誘惑してどうしようっていうんだ』
という呻きともつかない声を」
「レオは何をしていたと?」
「わかりません・・
ただ、それから次第にカール様はおかしく
なっていらっしゃいました。
日々ふさぎ込み、
書斎に篭られる日が続きました。
レオ・アウグスト様と・・
そしてある日、薔薇を育てる温室に
水をやりに行こうとしたときに、
中で・・・
ああ、これ以上は申せません」
シモーヌは胸で十字を切り神への懺悔の
言葉を低くつぶやいた。
「分かりました。あなたはその時、
彼らの実際の『行為』を
見てしまったのですね?」
「ええ、恐らく一生その光景を忘れることは
できないと思います」
ラウル刑事は、青碧眼の少年の裸体が、
何者かに組し抱かれている場面を想像し、
自分もそんなものを見たら、
多分一生忘れられないだろうと、
漠然と考えていた。
「その様子を使用人に知られたくないのか、
私以外の使用人に暇をだされました。
私だけは元々奥様に仕える立場でしたので
首にはなりませんでしたが・・・
それ以降のカール様は、とても背徳的で、
食事をされる時ですら、
膝にレオ・アウグスト様を乗せたまま・・
寝室といわず何もかも、どの一瞬でも
手離さないご様子で・・」
暗い情欲に狂ってしまった貴族、
それにしても異常な執着の度合いだと
ラウルは感じた。
「それは、レオ・アウグスト・オレイニクの
失踪と何か関係があるのですか?」
「有ります。
レオ・アウグスト様は・・カール様を
そそのかしたに違いないのです」
「何をそそのかしたのです?」
「カール様にとっての兄、
レオ・アウグスト様にとっての父、
アルトゥール・オレイニク公爵の
暗殺です」
「なるほど・・・」
「ある日カール様は私を呼ばれて、
その時は私たちはマントヴァの町屋敷
にいたのですが、
リーシェンに戻るからすぐ支度をと、
命ぜられました。
そしてあの悲劇は起きたのです」
作品名:永遠に失われしもの 第15章 作家名:くろ