永遠に失われしもの 第15章
シモーヌ・カサ−レは絵を受付に預けたと
言って、ラウルと聴取室を出る。
「ああ、ラウル刑事、
そちらにいらしたのですか
刑事に電話が入ってます」
「ちょっとこちらでお待ちください」
ラウルはシモーヌにそう言って、
凶悪犯罪課に行き、
自分の机の受話器を取ると、
電話の奥で聞きなれた声がする。
「はい・・了解しました」
(ディーデリッヒ大佐から私に要件だって?
しかも詳細は機密情報用の
暗号電文で送るとは
ロッジ関連のことか、
それともドイツとイタリアの戦争が
近いというのだろうか・・・)
ラウルの母方はドイツ系で、
もし有事の際には、イタリアを離れて
ドイツに渡るつもりでいた。
(とにかく電文を解読してみないと、
この先どう動けばいいか判断はできない)
色々考えながら、ラウルは聴取室の前まで
戻ったが、
そこにいるはずの女性の姿はない。
署内を聞いて回るが、まだ署の火災後の
書類の移動やらなにやらで、誰も
一人の中年女性の足取りについてなぞ、
注目もしていない。
しかたなく、ラウルは受付に行き、
シモーヌ・カサ−レが、何か預けて
いかなかったか、尋ねた。
想像していたよりも断然大きいサイズの、
紙に包装された絵が預けられていた。
注意深く包装を外していくと、
金箔の飾りの入った額縁が見え、最後まで
包装を外したときに、予想外の人物を見て
ラウルは声を失った。
そこに描かれていたのは、
年齢こそ違えども、紛うこと無く、
セバスチャン・ミカエリスと名乗った、
あの漆黒の髪と紅茶色の瞳を持つ、
黒い燕尾服の執事だったのである。
「畜生っ!」
たしかに名案だとラウルは思った。
誰も公爵が、身分の低い使用人である
執事なぞに化けているとは考えもしない。
偽装としてこれほどの隠れ蓑はない。
それにしても完璧な偽装だったと、
ラウルは思い返す。
執事の仕事ぶりといい、態度といい、
どこからどうみても、執事そのもので、
その主人である少年への献身的な態度は、
演技なら、彼以上の役者はいない。
そしてレオ・アウグスト・オレイニク公爵
にとって、
仕えるべき主人など考えられないのだ。
あの少年は、レオ・アウグストの
小姓か何かだったのだろうか・・?
あの青碧眼の金髪の少年ですら、
あの高慢で威圧的な態度が演技だとしら、
中々なものである。
そして問題は・・
オレイニク公爵家が、
代々持ち続けた銀の鍵の行方である。
すでにオレイニク公爵家は、レオ以外誰も
生存していない。
普通に考えれば、この怪死事件の犯人か
組織が銀の鍵を盗み持っていると
考えるのが当然だ。
彼が銀の鍵を父から奪い、
エット−レ卿を殺害して
金の鍵を奪ったとして、
なんの利益があるだろうか?
オレイニク公爵家は、イルミナティや
その下部組織のロッジから、
鍵を守る立場であったはず。
その公爵家のレオが、ロッジに味方して
彼らの為に鍵を盗むと?
しかし、レオ・アウグスト・オレイニクが
もしオレイニクの立場を知らなかったら?
父アルトゥールに殺されかけたレオが、
父からオレイニク公爵家代々の役割など、
教えてもらえるとは思えない。
だがラウルの中で、懐中時計が火災現場から発見できなかったことで、
八割以上の確信であったものが、
今は百%の確信に変わっていた。
セバスチャン・ミカエリス
いやレオ・アウグストは、
生きている。
ラウルは、カールの描いた、
レオ・アウグスト・オレイニク公爵の絵を
しげしげと眺めるばかりだった。
作品名:永遠に失われしもの 第15章 作家名:くろ