永遠に失われしもの 第15章
「では、貴方の好きな音楽は?」
セバスチャンは微笑みもせず、真面目な顔で、ウィルに尋ねている。
「何かと思えば、趣味の話ですか・・
悪魔と違って、私達はそんな下賎な享楽を
追い求めていませんからね」
「ああ、これは失礼しました。
そのようなご教養は、
お持ちでいらっしゃらなかったのですね」
むっとした表情でウィルの眉が上がり、
きつい口調で答える。
「グレゴリオ聖歌とか」
セバスチャンは一瞬呆気に取られた顔をしたが、すぐに噴き出すように無邪気そうな顔で、笑い始めた。
「ふふふ、賛美歌とは、何の冗談ですか。
死神が聖なる神の加担でも?」
セバスチャンの脳裏には、
真剣な表情をしてウィルが、どこかの
聖歌隊に入って歌っている様子が浮かび、
さらに笑いが止まらなくなっている。
「ヘクサコルドが好きなだけです。
それが何か?」
むすっとした表情で答えるウィルに、
セバスチャンは笑い止めて、話し始める。
「ああ、六音音階ですね。
なるほど。
では、今日はモーツァルトのミサ曲を
弾くことにしましょう。
それを模したものがありますからね。
後で、主の暇をつぶすために、何か曲を
奏でようと思っていたので、
一応貴方のご趣味も伺っておこうと
思いまして」
漆黒の執事は端麗な顔に微笑を浮かべた。
「アナタの演奏など、聴きたくありません」
「ではその時間散歩でもなさったら、
如何ですか?」
「そうはいきません。
その間に逃げるつもりでしょう?」
「それでは私の演奏を、
聴くしかありませんね」
姿勢良くスツールに座るウィルは、
溜息をひとつ吐きながら、片脇に決して
手放さないデスサイズで眼鏡を上げる。
「アナタが私に聞きたかったことは、
それだけですか?
さっさと本題に入りなさい。
時間の無駄です」
セバスチャンの紅茶色の瞳に翳りが差し、
しばらくシエルを眺めたあと、
ウィルに向きかえり、ゆっくりと
話し始めた。
「ミラノのホテルで、
貴方がロナルドと、私の邪魔に入った時」
「ええ、アナタが魂を掠めとった時ですね
確かカール・オレイニクとかいう名前の」
「そのあと、ホテルに行きましたか?」
作品名:永遠に失われしもの 第15章 作家名:くろ