こらぼでほすと 闖入8
キラから悟空のお願いのメールが入ったのは、すぐ後のことだ。その内容を見て、「久しぶりだなあ。」 と、声を出して了解のメールを、悟空も、すぐに送る。それをタバコを燻らしながら眺めていたのは、童子様だ。
「キラからか? 」
「うん、動物園の虎を触りたいって刹那が言ったんだってさ。だから、帰ったら触りに行こうって話。」
「虎? 」
「ああ、動物園のだけど、いいヤツなんだ。俺のツレだ。」
大地の化身な斉天大聖様は、動物より格が上だ。それに、それを負かせる力もあるから従わせることはできる。それについては驚かないが、触りたいという黒子猫には、ちょっと驚く。あれは、食物連鎖の頂点に立つ生き物だから、懐くものではないし、触りたいなんて、普通は思わない代物だ。
「刹那が、そう言ったのか? 」
「らしい。キラにも触らせたことあるから大丈夫。」
「キラは吼えられただろ? 」
「まあなあ。普通は吼えるさ。」
「黒子猫は、どうだろうな。」
「さあ、わかんねぇ。なんか天蓬が変った気だって言ってたけど、それと関係あるのか? 」
ここにはいないメンバーは、ただいま温泉に浸かっている。早風呂で上がって来た悟空と飲み足りなかった金蝉だけが、部屋に残っている。カニ三昧を堪能したのだが、そちらに気を取られて、酒は呑んでいなかったから、ゆっくり味わっているところだ。カニは美味いが、大量に食べるものではないな、というのが、悟空以外のメンバーの感想だ。焼き、蒸し、生、茹で、鍋、ごはんと、全てにカニがいらっしゃると、無言で掻き出す羽目になって宴会が盛り上がらない。確かに美味しいが、それだけ尽くしになると味が変らなくて飽きてしまった。悟空が、残りは平らげたので完食した形にはなっている。
「俺にも、よくわからんが変った気を内包しているのは確かだ。キラとも違うし、普通の人間のものでもない。その正体はわからんが、何かしら持っているんだろう。だから、興味があるな。」
くいっと燗冷ましを呑みながら金蝉は、真っ暗になっている窓に目を遣る。外は、海岸線が広がった景色だが、今は波音だけだ。
「なら、一緒に行こうぜ、金蝉。まだ、あっちに帰らないだろ? 」
「そうだな。付いて行くか・・・なあ、悟空。おまえ、三蔵は長生きしたほうがいいと思うか? 」
「そりゃ長生きして欲しいよ。」
「どのくらいだ? 」
「できるだけ。」
「それ、千年単位とかでもいいのか? 」
「はあ? それは無理だろ。三蔵は人間だかんな。せいぜい、あと百年くらいだ。」
「引き伸ばすことはできるぞ。俺は、そのつもりだ。あれがいると楽しいからな。」
金蝉は、ニヤリと笑って、悟空に視線で教える。神仙界に引き込む予定だ、ということだ。悟空も元保護者の意見に、ははははは、と、大笑いする。
「三蔵がいいって言うなら、俺も嬉しい。」
「別に人間に未練があるとは思えないから、拒否はしないだろう。」
すでに、三蔵には告げてある。相手も、それを拒否するつもりはなさそうだった。元々、本山の最高位の僧侶だ。神仙界に移る資格はある。菩薩も、それについては反対はしないだろう。すでに身内の気分でいるはずだ。
「じゃあ、そのうち、あっちで、みんなと暮らすのか、それもいいなあ。」
「そこで、おまえに尋ねたい。・・・・おまえ、ママはどうしたい? 」
肝心の悟空の意見も尋ねておくつもりだった。ちょうど、二人っきりだから、金蝉も切り出した。三蔵を独占されるのはイヤだと言うなら、ニールは切り捨ててもいい、と、思っている。金蝉にとって大切なのは、悟空だ。悟空が、一緒に居たいと言うのでなければ、桃を食わせる必要はないだろうと考えている。心情的には、黒子猫のために生かしてやりたいとは思うが、それだけなら桃を食べさせなくても寿命は延ばせる。
うーん、と、しばらく悟空は考えていたが、「できれば、三蔵の世話はして欲しいな。」 と、きっぱりと吐き出した。
「ママが来てから、あの二人、ほんと楽しそうなんだ。俺のことも、すっごく面倒看てくれるしさ。・・・・ただな、刹那が帰れなくなったら、ママ、おかしくなっちゃうだろうから・・・そこいらが心配。」
心配で心配で、でも何も言わないで、刹那が帰ってくるのを待っているニールを、悟空はよく知っている。子猫たちが居れば、元気になるが、帰ると途端に、寝込んでいる。最近は、寝込むことは減ったものの、やっぱり顔色は悪い。だから、もし、子猫たちが欠けてしまったら、ニールはまともでいられないんだろうな、とは思っている。そうなったら、三蔵の側にいてくれても、どちらも悲しいのかもしれない。
「おまえ自身は、どうなんだ? 」
「俺は、おとんとおかんと一緒に暮らしているのは楽しい。できれば、このままがいい。・・・でもな、金蝉。刹那が無事じゃないと・・・」
「それは、アレ次第のことだ。俺たちにも、覆しようがない。」
人間の生死なんてものは、勝手に変えられるものではない。怪我なら治せるが命そのものは弄ることはできないのだ。見知らぬ人間を偶発的に助けるということなら、あることだが、そういうものでなければ、人間も助けた神仙界のものも罰を受ける。
「人間だから、やがては死ぬ。」
「わかってる。・・・だから、俺、ママに長生きして、とは言えない。刹那のいない世界なんて、ママには耐えられないだろうからさ。」
「だが、おまえのとこのラクス・クラインとキラは、それを覆してきたんじゃなかったか? 」
ラクスとキラは、かなりの離れ業でニールを生き返らせた。他の奇跡の生還者たちも同様だ。それがあれば、子猫たちも生き残れる可能性は跳ね上がる。
「そうだな。俺も、それを願ってる。できれば、刹那たちは助けて欲しい。特に、刹那は、俺の大事な弟分だ。もっと、たくさん時間があればいいと思う。」
テロリストは耄碌するまで生きられない、と、親子猫は笑っている。確かにそうだが、耄碌までいかなくても、もう少し長く生きていて欲しい。せっかく縁が合って繋がったのだ。数年で別れるのは寂しすぎる。特に刹那とは、もっと長く付き合いたい。それまで知らなかったものを、もっと知ればいい、と、悟空は思うのだ。なぜか、悟空も子猫たちの中で、刹那だけ特別だと感じているらしい。
「つまり、おまえはママを、どうしたい? 」
「刹那が生きてる限り生きてて欲しい。ついででいいから、三蔵の側に居てやって欲しい。・・・そんなところかな。」
「なるほど、按配が難しい意見だな。まあ、よかろう。今のところは、それで受けてやる。あの薬、確実に飲ませろ。いいな? 」
「うん。」
再始動後の黒子猫の生死如何ということになる。それなら、とりあえずは、あの薬で生かしておけばいい。慌てる必要はない。悟空が人間界を堪能する時間は、まだまだかかるだろう。その間に、黒子猫の生死も、はっきりする。元々、悟空は優しい気性だったが、相手のことを思う気持ちは深くなっている。自分の側に、あるいは、三蔵の側に居て欲しい、と、思う気持ちだけを突きつけない。ニールと刹那の関係や考えも考慮するから、こういう意見になる。
作品名:こらぼでほすと 闖入8 作家名:篠義