さくべーですよ!
しかし。
「……わかりました」
実際には怒りをぶつけることなく、二択の片方を選ぶ。
「カレーをいただきましょう」
さすがにグリモアの鉄拳制裁は選べなかった……。
ベルゼブブはペタペタと歩いてテーブルの近くまで行くと、腰をおろした。
ペンギンのような手で、テーブルに用意されたスプーンを器用に持つ。
カレーライスを食べ始めた。
「ウメッ」
ベルゼブブは思わず声をあげた。
スプーンをカレーライスから口へと早いスピードで往復させる。
ベルゼブブはカレーが好きで、いろんなカレーを食べるが、一番おいしいのは佐隈の作るカレーだと思う。
何度食べても、おいしい。
「クッソウメェ!」
興奮状態で叫ぶ。
我を忘れてガツガツと食べてしまう。
そんな感じなので、カレーライスはあっというまに無くなった。
「ベルゼブブさん、どうぞ」
食べ終わったベルゼブブに、佐隈がハンドタオルをさしだしてきた。
ベルゼブブはそれを受け取り、口のあたりを拭く。
一方、佐隈は空になった皿やスプーンを持って、立ち去った。使用済みの食器を洗うためだろう。
佐隈の足取りは軽い、というよりも、ちょっと危なっかしい。やはり、酔っているのだ。
ひとりになったベルゼブブはテーブルの上にあるコップをつかむ。コップには氷の浮かんだ水が入っている。それを、飲む。
腹はいっぱいである。
カレーライスを勢いよく食べて乾いていた喉は、今、水を飲んだので潤った。
水を飲んだが、佐隈のカレーライスのおいしさの余韻がベルゼブブの身体にある。
満ち足りた気分だ。
「ふー」
笑みで顔を輝かせつつ、ため息をついた。
ベルゼブブは空になったコップをテーブルに置く。
そして。
我に返った。
現実を思い出した。
自分は佐隈が用意したカレーライスを食べた。
そのカレーライスはイケニエである。
だから、自分はイケニエを受け入れたことになる。
イケニエを受け入れたからには、佐隈の依頼を引き受けなければならない。
佐隈がなにを要求してくるか。
想像はつく。
前回と同じだろう。
ベルゼブブは暗い気分になった。
そこに、佐隈がもどったきた。
「ベルゼブブさん、お待たせしました!」
陽気すぎるぐらい陽気である。
そう、佐隈は酔っぱらっているのだ。
タチの悪いことに。
「……私は待っていません」
ベルゼブブは冷たく告げた。
けれども、佐隈はまったく気にしない。
満面に笑みを浮かべて、その両腕を大きく広げる。
「さあ、ベルゼブブさん、私の胸に飛びこんできてくださいー!」
「……」
どうやら佐隈は本気で言っているらしい。
ベルゼブブは思う。
どれぐらい酒を呑んだら、人はここまでアホになれるのか……?
「ベルゼブブさん、どうしたんですか?」
石のように堅く動かないでいるベルゼブブを見て、佐隈は首をかしげた。
だが、すぐに、なにかを思いついた表情になる。
「あ! わかりました。照れているんですね!」
どうしたら、ここまでアホに……。
知りたい。
いや、知らなくてもいい。
知らなくていいから、だれか私を助け……。
「じゃあ、私のほうから行きます!」
ベルゼブブの思考をぶった切って、佐隈が襲いかかってきた。