さくべーですよ!
ベルゼブブは魔界の城に帰った。
「優一様」
待ちかまえていたように、ジイが声をかけてきた。
「また、朝帰りですか」
「仕事だ」
素っ気なくベルゼブブは答えた。
今回も、佐隈の部屋で一晩すごした。
佐隈が床に寝転がって眠ってしまったあと、ベルゼブブは大声を出して佐隈を起こし、ガミガミ文句を言って、ベッドに行かせた。
そのあいだ、佐隈はベルゼブブを抱いたままだったので、前回同様、ベルゼブブは佐隈と同じベッドで寝たのだった。
自分の身体には、また、佐隈のにおいが移っているかもしれない。
しかし、今回は蝶ネクタイをちゃんとしている。
今回も、寝ているあいだに無意識のうちに蝶ネクタイを外し、第一ボタンも外していたのだが、今回は、人間界でそれに気づいて元通りにしたのだった。
同じ失敗はしない。
「そうですか」
ジイは追求してこなかった。
これで、この件は終わりにしたい。
そう思って、ベルゼブブは歩きだした。
しかし。
「優一様」
歩きだしてすぐに、ジイに呼び止められる。
「なんだ?」
足を止めたベルゼブブに、ジイは自分の羽根を使って飛んで近づいてくる。
ジイの手がベルゼブブの頭に触れた。
だが、すぐに離れていった。
ジイは廊下におりた。
それから、さっきベルゼブブの頭に触れたほうの手をさしだした。
その指はなにかをつかんでいる。
髪の毛だ。
一本だけである。
それを、ジイはベルゼブブのまえに垂らして見せる。
「優一様の頭に、この髪の毛がついていました」
その髪の毛は黒色で、少し長い。
「優一様の髪は金色のはずですが……」
佐隈の髪に違いない。
抱きしめられたとき、あるいは、一緒に寝ていたときに、ついたのだろう。
ベルゼブブはジイから佐隈の髪を取りあげた。
「……優一様、その髪をどうされるのですか?」
「捨てるに決まっているだろう!」
そう答えると、ベルゼブブは逃げるように足早に歩きだした。