さくべーですよ!
しばらくして、佐隈がもどってきた。皿などを乗せた盆を両手で持っている。
ベルゼブブのまえにあるテーブルに、カレーライスの盛られた皿、スプーン、氷水の入ったコップが置かれた。
「はい、どうぞ」
佐隈から食べるよう勧められる。
ベルゼブブはスプーンを手に取った。
けれども、それをカレーライスのほうにはやらず、佐隈に言う。
「さくまさん、どこでなにを買うか、メモを作っていただけませんか。それと、店の周辺の地図もあると良いのですが」
「そうですね。わかりました。今すぐ作ります」
佐隈はテーブルのそばから離れた。
自分のデスクに行ったようだ。
そちらのほうから、なにかを書く音が聞こえてくる。
さらに、パソコンのキーボードを打つ音や、複合機が印刷した紙を出す音も聞こえてきた。
それから、佐隈の足音。
近づいてくる。
「ベルゼブブさん」
名を呼ばれた。
ベルゼブブはソファから立ちあがり、佐隈のほうを向く。
佐隈は紙を持っている。メモや地図だろう。
「もうカレーを食べ終わったんですか?」
そう問いかけながら、佐隈は眼をテーブルの上の皿のほうに向けた。
皿は空にはなっていないが、カレーライスの量は減っている。
佐隈はふたたびベルゼブブを見た。
「急ぎじゃないので、買い物はカレーを食べ終わってからでいいですよ」
それに対し、ベルゼブブはなにも言わずに微笑んだ。
ベルゼブブは佐隈のほうへと行った。
佐隈の近くで立ち止まり、手を差しだす。
すると。
「もう買い物に行くんですか? じゃあ、お願いします」
佐隈はメモや地図を持った手をベルゼブブのほうに差しだしてきた。
ベルゼブブはまた微笑む。
差しだした手のひらの上には、佐隈が差しだしてきたメモと地図がある。
だが、それを受け取らない。
差しだされた佐隈の手をつかんだ。
「え」
佐隈が驚いた様子で声をあげる。
その手を、ベルゼブブは自分のほうに引っ張った。
「ええっ……!?」
佐隈の声を無視し、引き寄せたその身体を抑えこんだ。
「ちょ……っ」
さらに、その身体を担ぎあげた。
悪魔の力の強さをなめてはいけない。
軽々と運ぶ。
そして、あおむけになるように佐隈をソファへと落とした。
「なにするんですか、ベルゼブブさん!」
さっそく佐隈が文句を言ってきた。キッと鋭い眼がメガネ越しにベルゼブブを見すえている。
その身体に、ベルゼブブは無表情で覆いかぶさった。
顔を近づけて、言う。
「私はあなたの依頼を断ります」
「なに言っているんですか、イケニエを食べたんですから、仕事してください!」
「……さくまさん、あそこを見てください」
ベルゼブブはテーブルの下を指さした。
そこには、プラスチック製の密封容器が置いてある。
容器は半透明なので、中は空ではなく、なにかが入っているのがわかる。
「あなたがメモや地図を用意しているあいだに、イケニエ用のカレーの一部をあの容器に入れました」
「じゃあ」
「はい、そうです。私はカレーを一口も食べていません」
ベルゼブブは悠然と笑った。