さくべーですよ!
佐隈は黙っている。
そんな佐隈を、ベルゼブブはただじっと見る。
答えてくれるのを待つ。
しばらくして。
「ベルゼブブさん」
うつむいたままだが、佐隈が名を呼んだ。
ベルゼブブの暗く沈んでいた心に一条の光が差した気がした。
「はい」
「……イケニエを食べてもらえますか?」
イケニエ。
カレーライスのことだ。
佐隈が作ってカレーライスのことだ。
せっかく佐隈が作ってくれたのに、自分は一口も食べていないのだ。
「もちろんです……!」
そうベルゼブブは答えるのと同時に、テーブルの上の皿とスプーンを手に取った。
いつも以上の早さで、カレーライスを食べる。
あっというまに皿は空になった。
「おいしかったです」
食べ終わると、ベルゼブブはカレーライスを褒め、佐隈の反応をうかがう。
佐隈はまだうつむいている。
「……じゃあ、買い物に行ってもらえますか?」
買い物。
それが、今回、ベルゼブブを人間界に召喚した目的だ。
イケニエを受け取ったのだから、依頼された仕事をしなければならない。
いや。
イケニエがなくても、今のベルゼブブは仕事をしただろう。
佐隈に泣きやんでほしくて。
「はい、わかりました……!」
ベルゼブブは床に落ちているメモと地図を拾いあげる。
「……ベルゼブブさん、私のデスクの一番上の引き出しに入っている財布を持っていってください」
「はい」
言われたとおりにしたあと、ベルゼブブはメモと地図と財布を持って、部屋の出入り口のほうに向かう。
ドアの近くまで行った。
そのとき。
「ベルゼブブさん」
佐隈が名を呼んだ。
「はい」
「……また、夜にベルゼブブさんを召喚してもいいですか?」
「もちろんです!」
即座にベルゼブブは返事をする。
「さくまさんのお喚びとあらば、このベルゼブブ優一、二十四時間いつでも、さくまさんのもとに駆けつけます……!」
「じゃあ、またベルゼブブさんのあのフカフカの身体を抱いても……?」
「かまいません。なんの問題もありません。私は魔界の紳士なんですから!」
ベルゼブブは力強く言った。
佐隈は芥辺探偵事務所の一室にひとりでいた。
さっきベルゼブブがこの部屋から出ていった。佐隈に依頼された仕事である買い物に出かけたのだ。
ベルゼブブは気づいていないだろう。
話している途中、それもわりと早い段階で、佐隈が泣きやんでいたことを。
ずっと佐隈がうつむいていたのは、泣いているところを見られたくなかったのと、泣きやんでいることを知られたくなかったからだ。
それにしても、と佐隈は思う。
ベルゼブブはすっかり取り乱していた。
だから、佐隈の言うことをなんでも引き受けたのだ。
「本当に、きくんだ」
佐隈はつぶやく。
「女の涙って」
翻弄されているベルゼブブを思い出すと、おかしくて、そして可愛いような気がして、微笑んだ。