さくべーですよ!
「優一さんのご趣味はなんですか」
途切れてしまった会話を復活させるように、見合いの相手がたずねてきた。
「読書です」
そうベルゼブブは答えたあと、少し笑う。
「ありきたりで、つまらないですね」
「いいえ、そんなことはないです」
見合いの相手は嬉しそうに微笑んだ。
「私の趣味も読書ですから」
良い雰囲気になってきたかとベルゼブブは感じる。
このまま、話に集中できればいい。
どういった分野の本に興味があるのかを聞こうと思った。
だが、ベルゼブブが口を開くより先に、彼女が言う。
「それから、料理も趣味です」
「料理、ですか」
読書から話が離れてしまったので、ちょっと戸惑った。
「はい」
彼女はベルゼブブの戸惑いを気にせずに続ける。
「優一さんの好物はなんですか」
好物。
どんな料理が好きなのか。
それを問われて、ベルゼブブの頭に浮かんできたのは。
「カレーです」
絶対的ともいえる存在感で、ベルゼブブの中にある。
「カレー、ですか」
今度は彼女が戸惑った。
料理が趣味でも、庶民的な料理であるカレーは作ったことがないのかもしれない。
しかし、ベルゼブブは彼女の戸惑いを気にしない。
「はい、カレーです」
力強く断言した。
さらに。
「私はカレーが」
カレーが好きです、と言おうとして、だが、途中でやめた。
いや、やめたのではなく、変更する。
「カレーが、食べたい」
カレーが頭に浮かんでいる。
だから、食べたくなった。無性に食べたくなった。
カレーが食べたい。
けれども、カレーならどんなものでもいいわけではない。
食べたいのは、今、頭に浮かんでいるカレー。
思い出したカレー。
「……さくまさんの作ったカレーが食べたい」
見合いの席にいるのを一瞬忘れて、ベルゼブブはつぶやいた。
そのとき。
「はい、ベルゼブブさん」
返事があった。
ここにいるはずのない者の声が部屋の出入り口のほうから聞こえてきた。
驚いて、ベルゼブブはそちらを向いた。
すると。
「カレーを持ってきましたよ」
佐隈がメガネの向こうの黒い瞳をいたずらっぽく光らせて、言った。
その手にはトレーがある。トレーの上には、食器がある。ほかほかのカレーがある。