さくべーですよ!
魔界のベルゼブブ家の城。
ベルゼブブは城の中に入った。
直後。
「お帰りなさいませ、優一様」
声をかけられた。
ジイである。
「朝帰りですね」
「召喚されて、仕事をしていただけだ」
ベルゼブブは素っ気なく言い返した。
仕事の内容について知られたくないので、話を終わらせてしまいたい。
けれども。
「仕事ですか」
ジイは話を続ける。
「しかし、優一様の身体から女性のものらしき香りがしますが」
ベルゼブブはぎょっとする。
昨日の夜から今日の朝までずっと佐隈と寝ていたのだ。佐隈の身体のにおいが移ったのだろう。
佐隈の身体が発していた甘く優しい香り。
それを思い出しそうになって、ベルゼブブは急いで頭から記憶をかき消す。
「……一緒に仕事をしていたのだから、多少においが移るのは当然だろう」
「でも」
ジイはまだ話を終わらせない。
「蝶ネクタイは、どうされましたか、優一様?」
そう問われて、ハッとする。
ベルゼブブは襟のほうに手をやった。
蝶ネクタイがない。
それどころか、第一ボタンがはずれていて、少しだけだが胸元が開いている状態だ。
寝ているときに息苦しさを感じ、蝶ネクタイと第一ボタンをはずしたのだろう。
無意識のうちにやったことなので覚えていない。
上着を奪い取られたことは、もちろん覚えていたので、床に落ちていたのを拾いあげて着た。
だが、慌てていたせいもあって、無意識のうちにはずしていた蝶ネクタイがないことには気づかないまま帰ってきてしまった。
「どこかのベッドに落ちているんでしょうか」
そうのんびりと聞いてくるジイに対し、ベルゼブブは言い返せなかった。
きっと、ジイの言ったとおりなのだ。
ベルゼブブの蝶ネクタイは、佐隈のベッドに落ちているはずだ。
「それでは」
ジイは言う。
「今日は赤飯をたきましょう」
「余計なことをするのではない!」
ベルゼブブは強い調子で命令すると、ジイを置き去りにして歩き始めた。