さくべーですよ!
ベルゼブブは紙を持ったまま黙りこんだ。
「では、問題なしと言うことで」
そう佐隈は言い、ベルゼブブの手から紙をふたたび取った。
そして。
ぺたっ。
売約済、改め、契約済、と書かれた紙を、ベルゼブブに貼った。
女性客が帰ったあと。
「さくちゃん、さっきのアレはなんや」
すっかり存在を無視されていたアザゼルが、部屋のドアの近くに立っている佐隈のそばまで行った。
「べーやんが熟女に迫られてんの見て、嫉妬しとるみたいやったで」
アザゼルはニヤニヤ笑っている。
冗談を言って佐隈をからかっているのだろう。
そうベルゼブブは自分に貼られた紙を引きはがしながら思った。
けれども。
「そうかもしれません」
佐隈はあっさりと認めた。
え、とベルゼブブは眼を見張る。
アザゼルも驚いている様子だ。
しかし、佐隈は平然として、さらに言う。
「だって、私はベルゼブブさんが好きですから」
直後、ベルゼブブの心臓は強く大きく鳴った。
ベルゼブブさんが好きですから。
好きですから。
その言葉が耳に、心に焼きついて、落ち着かない気分にさせる。
「な、な、な、なんやてー!?」
一方、アザゼルが騒ぎだした。
「さくちゃん、べーやんのことが好きやったんか……!」
「あ、いえ、それはちょっと違います」
佐隈が軽く否定した。
なんだ、違うのか。
そう思い、ベルゼブブはなぜだか気落ちした。
だが、アザゼルは安心したようだ。
「なーんや、びっくりして損した。どうせアレやろ、好きは好きでも、友達として好きやっちゅー…」
「それもちょっと違います」
佐隈はアザゼルの台詞の途中で、ふたたび否定した。
それから、告げる。
「私はベルゼブブさんの身体が好きなんです」
ベルゼブブは眼をむいた。
頭の中が真っ白だ。
「なんやってー!!」
またアザゼルが騒ぎだした。さっきよりも大声だ。
その声でベルゼブブは我に返った。
アザゼルが身体ごとベルゼブブのほうを向く。
「……べーやん」
その表情は強張っている。
「いつのまに、さくとそんな関係になったんや? さくに、手取り足取り、なにを教えこんだんや……?」
アザゼルはベルゼブブと佐隈が肉体関係にあると思っているようだ。
ベルゼブブは慌てた。
「違います! 違います!!」
胸のまえあたりでペンギンのような手を勢いよく振って否定する。
佐隈がベルゼブブの身体が好きだと言ったのは、このプリチーボディのことで、抱き心地が良いとかそういう意味なのだ。
ふと。
うしろのほうから冷気を感じた。
いや、冷気ではない、殺気だ。
背中がゾワッとあわだつ。
「ベルゼブブ」
低い低い不機嫌そうな声が聞こえてくる。
「話がある」
芥辺の手がベルゼブブの肩を強くつかんだ。
さて、ベルゼブブ優一の運命やいかに……!?