こらぼでほすと 闖入9
「厄介な縁があってな。そのうち、説明する。」
「いや、いいですよ。聞いても、俺にはわからないだろうから。」
「すでに巻き込まれてるだろ? おまえ。」
「そうですか? 俺と刹那は部外者だと思いますけどね。」
「部外者だと? 俺の女房のクセして、何を言いやがる。」
「あんたの女房は拝命してますが、俺は仏教なんて、さっぱりわかりません。」
「一神教と多神教の違いぐらいだろ? 」
「そうかなあ。考え方が根本的に違うと思うんだけど。・・・いや、うちの民間伝承とかは近いのかな。多神教っていう、はっきりしたものじゃないけど、妖精だの魔法使いだの精霊だのと、いろいろと居ますね。」
「『取替え子』か? 」
「ああ、それそれ。そういうのは、うちにもありますよ。」
本堂の前で、他愛も無い話をしていると、坊主が小瓶を指して、「それ、要冷蔵だ。」 と、おっしゃる。女房のほうは、「そういうことは早く言ってください。」 と、回廊へ歩き出した。
「なんだろうな、この居た堪れない気分は。」
「あれで、ノンケって、どういう神経なんでしょうね? 」
戻ってこないから、呼びに来た元帥様と大将様は、それら眺めて呆れていたりする。回廊を戻って来たニールが手にしている小瓶を見て、ニヤニヤと笑うのは止められない。
「何か? 」
回廊を降りて来たニールは、そこでニヤニヤと笑っている上司様ご夫夫に声をかける。
「戻って来ないから様子を見に来ただけだ。陰膳してもらったんだってな? 」
「ええ、行方不明なのが居るんですよ。まあ、生きてるのは確定してんですが、なかなか戻って来れないので。」
「それは難儀なことですね。・・・それ、三蔵がわざわざ用意させたんですよ、ニール。」
ニールの子猫たちは、現役テロリストだから、いろいろと事情もあるのだろう。だから、敢えて、そこいらはスルーする。だが、元帥様は小瓶を指差した。そこは、存分にツッコミしてもいいところだ。
「らしいですね。」
「それ、少量しかない貴重なお酒なんです。大切に呑んでやってください。」
「勿体無い。俺なんか味もよくわかんないのに。」
「そうでもないでしょう。あなたがお里で、いいお酒ばかり相伴してくるから対抗したかったらしいです。」
「あーそういえば・・・そうか、それで。」
お里でトダカの晩酌に付き合っている時に飲んでいるものは、確かにそういうものばかりだ。ニール当人は気にしていないが、舌は肥えているらしい。たまに、お里から貰ってきて一緒に、亭主と飲む時もあるわけで、そこいらで対抗したくなったらしい、と、気付いて、女房も笑う。
「それ、冷やしとかねぇーと味が変るぞ。」
ゆっくりと追い着いてきた坊主が、そう叫ぶ、と、ああ、そうだ、と、女房も廊下を小走りに台所へ向かった。
翌日から、寺は通常モードだ。悟空は弁当を片手に学校へ出るし、坊主は書類仕事をしている。ただ違うのは、その横に同じように書類を捌いている童子様がいらっしゃることだ。暇なら付き合え、と、坊主に言われて本山から送られてくる書類をチェックしている。
「なんで、こんなとこまで来て、俺が。」
「暇なんだろ? 」
「休暇中だぞ? 」
「なら、どっかへ行け。」
「追い出されてもなあ。これといって用事はねぇーんだが。」
「なら働け。昼からパチンコに連れて行ってやる。」
「しょうがねぇーな。」
なんだかんだと言いながら、童子様も付き合っている。暇ではあるのだ。捲簾と天蓬は、早々に出かけてしまったので、寺には不在だ。用事があったら携帯端末に連絡ください、と、おっしゃっていそいそと消えた。せっかくだから、夫夫でデートなのだろう。そこに付き合うほど、童子様も野暮ではない。
「女房は、どーした? 」
「そこいらで働いてるだろ。」
居間には、坊主と童子様しか見当たらない。さほど広くない寺だが、掃除するとなると、結構な広さではある。女房の側には黒子猫がへばりついているので、坊主も心配していない。どこかで具合が悪くなれば、黒子猫が何かしら言ってくるはずだからだ。いつもは、坊主が適度に、女房の居場所は確認している。
「せっかくの人界だろ? 行きたいとこはねぇーのか? 金蝉。」
「そう言われてもな。二週間たっぷり悟空と騒いだし、俺一人で行きたいとこなんてのは思い浮かばない。」
悟空が誘ってくれるなら、どこだってついていくが、その悟空は学校だ。これ以上に学業のサボりもまずいだろうから、付き合えとも言えない。日常とは違うことをしているから、ここで書類のチェックしているのも楽しいといえば楽しい。
「寂しい野郎だな。」
「そう言うなら、おまえは、あるのか?」
「好きなようにしてるぞ。・・・・そういや、捲簾がイノブタとチャイナタウンへ買い出しに行くとか言ってたな。俺は付き合わないが、おまえは行け。」
「・・・・夫夫もの二組に挟まれて居た堪れない思いをするのは、勘弁だ。それなら、おまえの宿題の手伝いをしているほうがマシだろう。」
「確かにな。」
あのいちゃらこら夫夫たちに挟まれているのは、正直、坊主も願い下げだ。二週間、放置していた書類は、結構な量になっている。それを捌いていれば、数日の暇つぶしにはなる。自分の分身ともいえる相手と、こんなふうにのんびり過ごせるのは楽しいのかもしれない。親も兄弟も三蔵にはないのだが、金蝉は身内の感覚だ。一部貰い受けている部分があるから、似たような性質ではある。まあ、生活環境とか種別の違いというのはあるから、まるっきり同じというわけではないが、気遣いもしなくていいし、どっちも気楽な気分でいられる。だから、書類のチェックをしつつ無駄話をぼそぼそとしていられる。
そんなことをしていたら、裏庭に親子猫の姿が現れていた。どうやら洗濯物を干しているらしい。親猫が、何やら真面目な顔で黒子猫に話している様子だ。
「説教でもしてるのか、あれ? 」
「実地体験談とかテロリストについての勉強だ。あの黒ちびが、うちの女房の後釜になるんで、いろいろと仕込んでる最中だ。」
「あの小さいのが? 」
ニールが実働MSチームのリーダだったとは聞いている。あの年齢なら、さもありなんだが、黒子猫がリーダーというのは、童子様も驚く。
「あれしかいないんだとよ。まあ、あの黒ちびは資質としては問題ないらしい。里の舅も認めているからな。ただ絶対的に経験値が足りないから、ああして補ってやってるんだ。」
小難しい話をしているのか、黒子猫も真面目な顔をしている。ただし、どちらも洗濯物を干しているのだが。
「ついでに、世界放浪の旅をさせて経験値も増やさせてる。・・・・あいつなりに、黒ちびの生き残れる術を授けているってとこだ。」
悟空が、刹那が無事でないと、ママはおかしくなる、とは言っていた。引退してしまったほうとしては、何かしら手を出したいのだろう。
「あれ、壊れたらどーする? 三蔵。」
作品名:こらぼでほすと 闖入9 作家名:篠義