Our Song
多分オレだけが変なのだ。栄口にとってイヤホンは既に習慣みたいなものになったのかもしれない。それなのに一人で勝手に苛ついて、外せとまで強要したら、やはりいい気分はしないだろう。
でも以前の栄口がうっかりキツいことを言ったら、すぐにフォローを入れて場を取り直していた。もしかしてその価値も自分には無いのだろうか。
どうにもこうにも栄口のことを考え出すと暗くなる。だから自然と栄口を思い起こさせるこの曲も長い間聴いていなかった。
最近は部活と文化祭の準備で目が回るほど忙しくて、あまりそのことについて深く悩む暇がないのが幸せなのかもしれない。
「栄口が」「栄口が」って、オレは栄口へ理由を求めすぎだな。そう水谷が思い当たると、指が無意識に再生ボタンを押した。聞き覚えのある前奏が流れる。
オレはどうして栄口にイヤホンをされるのが嫌なんだっけ。それは同じ曲ばっか聴いてるから。じゃあ何で栄口がこの曲をリピートで聴き続けているのが嫌なんだろう。
水面へ波紋が広がるみたいに声が響き、波のように訪れる眠気に揺られつつ、ぼんやりと歌詞を追う。
『君』という単語が繰り返し使われている恋の歌と、頭の中の悩み事がだんだん混じり合ってくると、水谷はまるでこの曲を歌い上げているボーカルが自分であるような気がしてきた。相手のことがわからなくて不安だし、二人の間で確定していることなんて何もないのだ。だから何度も尋ねてしまう、『君』はどうなの、と。何を見て、何を思っているのか知りたい、けれど。
水谷は自覚した。自分にとっての『君』は栄口だと。
同時になぜ栄口がこの曲を聴き続けていたのかも理解してしまった。そうすることで『君』を想像していたのだろう。
確かにそれは詮索されたくないはずだ。誰かに対する恋愛感情なんて、栄口はあまり表に出したくないタイプだろう。
つまりオレは好きな人がいる栄口を好きだから、あんなにイライラしていたのか。その想いの先が自分へ向けられていないと無意識でわかっていて面白くなかったんだ。馬鹿みたいだ、男が男を好きになるっていうより、誰か好きな人がいる奴を好きになるなんて報われなさ過ぎる。
眠くてやたら鈍い指先を動かし、水谷もこの曲にリピートをかけたら、力尽きるように意識も失われていく。机に置いた鞄へ頭を委ねるのは決して寝やすい体勢ではないのだが、溜まった疲れがとうとう頭も蝕みだしたのだろう。瞼の上でゆらゆらとたゆたう淡い光の先に、栄口の姿を見つけた気がした。
夢で見る栄口はいつもと違って穏やかだった。以前一組で昼休みを過ごしていたときのことを思い出し、水谷は少し切なくなった。
都合のいい夢だなあ。諦めるように目を閉じ、すぐ隣までやって来ていた眠りへ全てを預けた。