Our Song
「オレ劇はノータッチだからわかんないんだけど、実際どうなってるんだ?」
「ぶっちゃけ九組のかちかち山のほうがちゃんとしてたなぁ」
花井が不思議そうに「かちかち山」と復唱する。
「この前のステージ使用が九組のあとだったんだけど、かちかち山のほうが大道具とか出来てるし、セリフもつっかえないし」
「ああ、水谷まだセリフ覚えてないんだってな」
「げぇ、何で知ってんの」
「女子が言ってた」
ぐ、と言葉に詰まる。水谷の出番は最初と中盤の少しだけなのに、台詞が堅苦しくてどうにも覚えられない。そのせいで場面が止まることもある。
花井は思い出したように黒板を向き、「あれ、すげーな」と言った。赤いチョークでごてごてしく強調された『水谷は待機!』に対しての感想なのだろう。
「がんばれよ、マーセラス」
「オレをその名前で呼ばないでくれー……」
花井がキャプテンでも坊主でもなかったら今すぐにでも代わってもらいたいくらいだ。
これから用事のない野球部の連中で色々小物を買いに行くと言い、花井が教室から出て行こうとしたから慌てて呼び止める。聞きたいことがあった。
「花井さっきオレの髪の毛触ってなかった?」
「はぁ? なんでだよ」
「なんかそういう感じがしたんだけど」
ふぅん、と考え込んだあと、花井は何か思いついたらしく少しニヤついて語り出す。
「幽霊なんじゃね?」
「まっ、まさかぁ」
「化けて出てくる劇やってるから呼び寄せられたんだよ。よく言うじゃん」
「マジっすか」
「冗談だけどな」
そう脅かしておきながら、そもそもオレが水谷の髪を触る理由なんてない、とまで言い切る。何だか悔しくなった水谷はせめてもの反論を返す。
「花井は坊主だからオレの長い髪がうらやましくなった、とか」
「ねーよ。うらやましくなったとしても水谷の髪は微妙」
真否定されてしまった。もっともである。さらさらの髪ならまだしも、正直ワックスでごわごわな自分のくせっ毛に触れてみたいと思う奴なんてマニアしかいない気がする。そんな狭い欲望を持っている人間がこの校内に存在しているとは考えにくい。