Our Song
七組の男子生徒たちがどやどやと教室へ到着し、両手で抱えたダンボールを床へ下ろして一息ついている。どうもどこかで収穫があったらしい。花井は皆へ「お疲れ」と声をかけ、教室から去っていった。
「水谷ほれ、パン」
「パン!」
差し出されたビニール袋を目を輝かせつつ受け取ったら爆笑されてしまった。腹が減っているし仕方ないじゃないか。
がさがさと袋から取り出したメロンパンを頬張りつつ、また台本へ目を向ける。そろそろステージへ向かうことになるだろうし音楽を聴くのはもういいと片付けようとしたら、主人公役の男子から「それ何聴いてんの?」と問われた。「これ」とディスプレイを見せると、そいつは文字を読み取るためにじっくりと眺めたあと、「水谷リピートで聴いてんの?」と言う。
「そんなにこの曲好きなんだ?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど」
「じゃああれか、片思いとかしてんのか水谷」
隣にいたもう一人の男子が「片思いっていう単語からして恥ずい」と笑っていたのに同調したかったけれど、なぜか言葉が出てこない。頬のあたりに血が集まって、扇いで冷ましたいくらい熱い。
「なっ、そっ、そんなんじゃないし……」
やっと否定できたけれど、もう後の祭りだった。
「水谷ってわかりやすいよな……」
「やめろー、見てるこっちが恥ずかしい」
水谷は顔に出やすい自分の性格を呪った。
「まっ、まだ本当に好きかどうかわかんないし、ていうか」
「往生際が悪いぞー」
「ていうか! 多分そいつ、好きな奴いるし」
そう打ち明けると、茶化していた二人の表情からニヤつきが消える。水谷は余計なことを言ってしまったなと反省した。しかしそう告げたおかげで、誰を好きなのかという肝心の質問までは突っ込まれなかった。
「じゃあさぁ、本当に好きになる前に諦めたほうがいいんじゃないの」
今ならまだ勘違いで済むのかもしれない。恋愛感情に気づいたのはほんの数十分前だし、引き返してなかったことにしてしまおうか。だってこんなのどう見たって叶わなさすぎる。よく考えてみると自分は栄口からそんなに良い印象を抱かれていない。『関係ない』とまで言われるくらいなのだ。それに付け加えて、栄口は他の誰かが好きで、水谷は同性だ。いくらなんでも困難が多すぎる。
うーん、と気弱な返事を返したら、家庭科室から女子が戻ってきた。教室の中がもっと騒がしくなり、その話は自然と終わった。
女子の一人が大きな声で呼びかける。
「移動するよー! 体育館行ってー!」
水谷は机の上の台本を手に取ると、人の群れに加わって流されるように歩き出す。
好きになりそうな人を諦めるにはどうしたらいいんだろう。関わらないようにすればいいのかな。それをオレは本当にできるのかな。さっき食べたパンが腹の中で揺れる。答えは出ない。
休日だというのに廊下はとてもにぎやかで、どの教室でも生徒たちがせっせと作業をしていた。
いるかな、と通りすがりに覗いた一組はなぜか静かだったが、窓際のいつもの席に栄口は座っていた。予想していたとおりイヤホンをしながら何か書き物をしている。西日が注ぎ、髪の色が少し鮮やかになって見えた。
そのとき水谷は強く願ってしまった。こっちを向いてほしいと。目が合えばいいと。
祈りが通じたのか、栄口はおもむろに顔を上げた。視線を感じたのは一秒もなく、すぐに戸口を通り過ぎたけれど、その一瞬によって水谷の中で「多分」だったものが「絶対」へと姿を変えた。