Our Song
戸口に置かれた貯金箱のようなものへ百円収めて中へ入ると、一組の壁は全面黒い画用紙で覆われ、星の形をしたものや、小さな丸い粒が点々と貼られていた。栄口が、向かって黒板があった方向が北だと説明してくれる。
「天井の星が微妙に揺れてる」
「貼り付けた画用紙をガムテで吊ってんだ」
邪魔な蛍光灯は外すより隠してしまったらしい。星と星とを繋ぐ線が少し曲がっているのは急いで作業したからなのだろう。とはいえ即席ながら、ちゃんと見られるプラネタリウムに仕上がっていることは確かだった。
親くらいの年齢の夫婦が二組と暇そうな男子生徒数人、それに滑り込むように女子のグループが入ると教室のドアは閉じた。
「あ、オレ出るの忘れた」
そう栄口は気づいたけれど、どこからかプラネタリウムの開始を告げるアナウンスが流れ始め、外へ出るのはまずいと思ったらしく、隣で水谷と同じように突っ立っていた。
この説明も今日の朝に録音したことを教えてもらうと、どこかにある機械から「東の空は……」という女子の声がしてきた。他の客がそうするように水谷も身体をそちらへ向け、壁を見た。ちょうど中央あたりで大きな星が四つ、歪んだ線で結ばれていて、その周りにひかえめな光を放つ無数の点が存在していた。
水谷は星座の説明など聞いておらず、暗闇の中で弱々しく発光する星を眺めながら、隣にいる栄口のことを考えている。
別にいいんだけど。いいんだけどなんか腑に落ちない。全部オレの勘違いで、栄口がそう言うように、本当は好きな人がいなかったとしても、さっきの反応は嫌いだ。あの言い方はすごく感じ悪い。
でも絶対いるに決まっている。じゃなきゃ『関係ない』なんて突き放されない。
オレにはどうして言えないんだろう。口が軽そうに見えるから? からかったりしそうだから? ていうかオレは本当に栄口の好きな人が誰なのか知りたいのだろうか。知ってどうするんだろう。もっと苦しくなるだけじゃないのかな。
しばらく自問自答に耽っていた水谷だったが、ふと右頬に視線が当たっていることを感じた。何気なくそちらへ顔を向けると、暗闇の中で驚いた様子の栄口が目を見開いていた。
「どした?」
小声で尋ねたけれど、栄口は何も言わず、重しでもつけられたみたいに首を下へ垂れた。その態度も水谷を苛つかせる。こちらが何かとてつもなく悪いことをしたような感じまでしてくる。
これが恋だというのだからなんとも救いがない。自分に対して心を閉ざしている人を好きになるというのはこういうことだった。顔を合わすたび、会話をするたび、栄口の中の基準に自分が見合っていないことを嫌でも認識させられる。多分栄口のとっての水谷はもう友達ではなく、距離を置きたい人物なのだろう。
好きになってからというもの、栄口の姿を見つけたりするたびにとてもドキドキした。何気ないことを話したりするだけでとても嬉しかった。けれどそれらに付随する、自分のみっともないところや気持ち悪いところが我慢できないくらい嫌いだ。どうしてただ純粋に好きでいられないのだろう。栄口を好きになればなるほど良くない人間になっていく気がする。
諦めたい。水谷は強く思った。全部なかったことにして平穏に暮らしたい。教室内に散らばる偽物の星へ願ったところで叶うはずもないのに、じっと淡い光を睨み付けた。