Our Song
さっきの着信はやはり新たな指示を知らせるメールだった。まだ戻ってこない一組の男子を後に回し、水谷はたらたらと二年の教室へ行き、照れる男子の写真を撮り、そこで売られていたクレープを勧められるままひとつ買った。生クリームがはみ出しているそれをむしゃむしゃと食べたのだが、こう気分が沈んでいては甘いものも甘く感じられない。
栄口は故意に水谷を傷つけているわけではない。水谷もそれは知っていた。
ただ栄口を取り巻く物事の流れから自分が外されているのが嫌で、我慢できないから言葉にして不満をぶつけてしまった。いつか言ってしまいそうだと常々感じていた。それがたまたま今だっただけだ。遅かれ早かれこういう事態にはなっていたと思う。
クレープを食べながら一年の廊下へたどり着くと、一組の前に寺で修行をしていそうな巣山を見つけた。ということは劇が終わったのだろうか。水谷には一組テニス部男子の写真を撮らなければならないという指名があったが、やっぱり近づきたくない。もし栄口に会ったらどんな顔をすればいいんだろう。ごめんと謝り返す勇気もない。勝手だとは思うけれど会いたくなかった。
だから人の流れに紛れて通り過ぎようとしたのに、あっさり巣山から見つけられてしまった。
「おい、水谷」
「うっ」
「それ何食ってんの?」
「クレープだよ」
くれ、と僧衣の巣山が言ったので水谷は紙に包まれたクレープを渡した。どうしてその格好のままなのかと質問したら、プラネタリウムの客寄せのために脱ぐなと言われた、という答えが返ってきた。
見世物になるのが嫌な巣山になんともひどいお願いをする一組である。巣山からすさんだ空気が流れてくるのが怖くて、水谷はとにかく話題を切り替えた。
「巣山さぁ、一組のテニス部の男子っている?」
「いるいる、あれ」
四角い貯金箱が置いてある机、正しくはプラネタリウムの受付にいる男子生徒を指差す。
水谷はその男子生徒へ話しかけ、事情を説明し、携帯で写真を撮らせてもらった。そいつは「いやマジどんな顔したらいいかわかんないし」としどろもどろで、そんな様子を周りにいた友達が囃し立てたせいもあり、シャッターを切るのにかなり時間がかかってしまった。
後ろにいる巣山へ振り返ったときには、クレープはもう巻いていた紙しか残されていなかった。
「すっ、巣山、クレープは……」
「今日のオレは荒れてんだ、許せ」
そう言い切られたら非難などできない。水谷は返された紙をひねって潰しながら巣山の不幸さに同情した。
巣山は何か思い出したことがあるようで、そうそう、と続いて付け加える。
「水谷、あのアルバム貸して」
「あの、じゃ何かわかんねぇよ」
「栄口がいつも聴いてる曲が入ってるやつ」
栄口という名前を耳にするだけで、わーっと逃げ出してしまいたい衝動に駆られる。水谷は平然を装い、「いいけど」と返した。
「水谷が貸したんだろ?」
「そうだけど、ほんとにあれでいいのかなぁ」
「オレだって詳しいことは知らない」
「え? 知らないの?」
「水谷から借りたCDに入ってる曲、ってことしかオレも教えてもらってない。でも何度聞いても『いつもの曲』って言うんだぜ、やっぱどんな曲か気になるじゃん」
「別に普通の曲だと思うけど」
「ますます謎だな」
ううむ、と修行僧のような格好をしている巣山が首を傾げると、妙に神々しくてつい吹き出してしまった。
「……水谷、今オレの顔見て笑っただろ」
「わっ、笑ってないよ!」
しかしこれ以上生き仏のような巣山のそばにいたら、絶対何かの拍子に大笑いしてしまいそうだ。それはあまりにもかわいそうなので、水谷はそそくさと一組を後にした。