Our Song
水谷が栄口の真ん前までたどり着くと、短い影が伸びてその姿へかかった。やっと見つけた。ごくりと唾を飲み込んだ拍子に、喉から荒い呼吸がひとつ出た。ぜえ。視界へ垂れてきた前髪を粗雑に腕でのけ、まだまだ自分には走り込みが足りないという事実を噛み締めたが、今はそれどころじゃない。
「栄口」
名前を呼んだが、何の反応も得られない。
するとそれまで水谷の血にどくどくと流れていた「やだ」という言葉が「どうしよう」へと色を変えた。どうしようどうしよう。水谷は誰よりも早く栄口を探し出すことしか考えていなかったから、こうして対峙したらどうするかなんて全く考えていなかった。
というか、立ち入り禁止の屋上でひとり座り込んでいるということは、相当何かがあったに違いないのに、水谷は何も察せず、空気も読まず、ただ会いたかったからここまで来てしまった。
「あの、オレ、水谷だけど……」
とりあえず名乗ってみた。当然返事はなかったが、つむじがより下へと埋まったように見えた。肩も腕もがっちりと栄口の頭部を隠し、生半可な力では開け放たれない印象を受ける。
特に水谷などが何を喋ろうとも、栄口は顔を上げてくれないだろう。これまでだって「関係ない」と撥ね付けられるくらい好かれていなかったのに、今日プラネタリウムのあと、そういう栄口を不快に感じていることを大々的に主張してしまったのだった。
「あの」
苦し紛れに出した声は余韻も残さず、流れる風に消えた。手のひらが嫌な汗をかいている。栄口は頭を伏せながら、こいつ何しに来たんだ、と思っているに違いない。
だからとにかく何か喋らなければいけない気がして、水谷は一番新しい記憶をそのまま口から出した。
「七組の女子が探してる」
続けて理由を言う。
「栄口の写真、欲しい子いるみたい」
自分のすぐ後ろで巨大な爆弾が破裂したような気分になった。何のために一生懸命走って探して屋上までたどり着いたのか。それは栄口のことを好きな人がいるという事実を相手に知らせないためだった。
なのに間が持たなくなったらべらべらと喋りだした、馬鹿としか例えようのない馬鹿がここにいる。
それでも栄口は顔を上げない。立ち上がって写真を撮られに行くよりも、そうすることで水谷と顔を合わせなければいけないことが嫌なのだろうか。わからない。