Our Song
水谷の後悔は緊張とともにピークへと達しようとしていた。こんなにプレッシャーを感じたのは、ほんの数日前にあった劇の本番以来だった。つい最近の出来事なのにすごく昔のことに思えた。
栄口は再度頭を伏せることもなく、水谷の膝のあたりを見ながら何か考え事をしているように伺えた。しばらくそうしたのち、「ははっ」と小さく笑った。
「水谷、劇のセリフまだ覚えてるか?」
「……見よ、昨日と同じように、青い星が塔の上で輝いている。きっともうすぐ一時の鐘が鳴るに違いない」
つらつらと出てきたのが水谷自身も信じられなかった。てっきりきれいさっぱり忘れてしまったと思っていた。
「劇の水谷かっこよかったな」
「マジですか」
「あの人誰って言ってる女子いた」
「えっ、えええ……」
「オレはそれがすごく嫌で、嫌に思う自分が嫌で、ずっとイライラしてた」
ゆらりと立ち上がった栄口が屋上の端の方へと歩いていく。水谷もその後を追い、ゆっくりと足を進めた。空とを区切るフェンスの前まで来ると、にぎやかな中庭の様子を見渡すことができた。
「曲聴くだけで我慢してようと思ってたんだ」
「何を?」
「全部」
水谷の疑問に即答し、栄口は鉄の格子を軽く掴む。
「それでいいと思ってたんだ」
かしゃん、と金属の軋む音がわずかに響いた。
「でも水谷に「傷ついてないわけじゃないって」言われて、馬鹿みたいにへこんで、ここに逃げ込んで、ずっと水谷のこと考えてた」
また下へと向いた瞳に思い詰めているような色が滲む。水谷は何か言葉を発したかったが、目の前にいる栄口の様子をただ受け止めるくらいしか容量が残っていなかった。
「したら水谷が来たからどうしようって思った」
「は、はは……」
「しかもいきなり歌うし、びっくりした」
「やーめーてー、オレだって今すげー恥ずかしいことしたって思ってる」
「うん、でも」
うれしかったな。栄口がとても丁寧に紡いだその言葉が、何にも遮られることなく水谷の心の底まですんなりと染み渡っていく。今まで自分の中で淀んでいたものが、一瞬で浄化されてしまったような気持ちになる。