Our Song
鈍い音がして水谷のふくらはぎへ蹴りが入る。栄口の反撃はとても的確で、驚いたついでに水谷の手が宙に舞った。
「息できないんだよバカ!」
「鼻でしてよ!」
横暴な反論をしたら、今度は軽く頭を叩かれた。ばしん、という小気味のいい音を立て、空気を含んで毛先が散る。
「ちょ、ひどくね?」
「お前がわけわかんないことするからだよ」
「だっ、だって栄口言うだろ?」
「何を」
「オレが言いたいこと」
水谷が弱々しくそう言うと、少し考え込むかのように栄口は呼吸を止めた。しかし、すぐにひとつ息を吐き出し、またあの雰囲気へと場を変えようとした。
「水谷」
「ちょっとマジお願い、オレ今日カッコ悪いことしかしてないんだよ!」
「だから何だよ」
「だからオレが言いたいの!」
思い返してみると今日の水谷はどこを見てもとても格好悪かった。栄口に当り散らすわ、栄口の恋路を邪魔しようと必死になるわ、栄口の前でいきなり歌いだすわ、散々だった。だからせめてここ一番の大事な見せ場くらい、水谷に決めさせて欲しいのだ。
「オレだって言いたいんだけど」
「嫌だ、オレが言う」
「だったら早く言えよ」
「それには心の準備が」
尚もまごまごしている水谷へ栄口はため息をつき、こんな提案をした。
「……じゃあ『せーの』で一緒に言おうか」
栄口と同時に言うなら、気の弱い水谷でもなんとかできるかもしれない。なんとも情けなかったが、水谷は「うん」と同意し、そうすることにした。
「よし、いくよー」
「ああああ、うん……!」
「『せーの』!」
隣の栄口が大きく息を吸ったように思えて、負けるものかと水谷も声を張り上げた。
「好きだ」
聞こえたのは自分の声だけだった。間抜けで好きになれないその声の反響でフェンスが少し揺れた。目の前にいる栄口は、あっけにとられた水谷の顔を確かめ、にっと笑う。
「オレも」
ばかやろう、何が一緒に言おうだ、ふざけんなよ。
水谷は破れかぶれで思った。顔に血が集まっていく。また格好悪いことをしてしまった。
けれど栄口のその笑顔が好きすぎて何も言えなくなる。
「オレも好きだよ」
そうトドメを刺されたら嬉しすぎて泣きそうになってしまった。
「なんで水谷涙目なってんの」
「うるせー」
「はいはい」
「……オレすげーカッコ悪くね?」
「そんなことないと思うけどなぁ」
「ていうか栄口がかっこよすぎるんだよ!」
ばーか。栄口は苦笑いしながらそう言い、照れ隠しのつもりなのか、水谷の背中を軽く叩いた。