Our Song
「野球部!」
背筋がびくりと伸び、何事かとあたりを見回す。もう一人の野球部員は声を掛けられても頬杖をしたまま寝ていた。さらに「阿部!」とまで名指しされてようやく目を覚ましたが、悪びれずに平然としている。あの図太い根性が自分にも欲しいものだ。
「マーセラスは野球部から出して」
全く会議に参加していなかった野球部男子三人は突然の要請に困惑してしまった。今さら「マーセラスって何?」と聞いてはいけないような雰囲気である。
「ごめん、オレら部活があるからさ……」
「そんなの他のみんなだって一緒だから」
頼みの綱の花井が早々に論破され、三人は顔を見合わせてしまった。お互いに、劇なんてできる器量があるとはとても思えない。
「オレは副キャプ、花井はキャプテン。水谷がやれよ」
寝起きで機嫌の悪そうな阿部がそう言い捨てる。
「ムリムリムリ! 劇とか本気無理! セリフ覚えらんないし!」
「じゃあオレにできると思うのか?」
その言葉に説得力がありすぎて水谷は絶句した。オレよりも阿部のほうがもっとひどいことになるかもしれない。容易に予測してしまった。
「花井……!」
「オレは坊主だぞ、ヅラでもつけない限りおかしいって!」
「どうでもいいから早く決めてよ」
「じゃ、じゃあジャンケンで……」
責められた花井がそう提案したが、水谷にとっては死刑宣告みたいなものだった。数々の戦歴が蘇るが、そのどれも自分が勝った記憶なんて見当たらない。慌てて勘弁してくれと泣きつく。
「ちょっと待てって! オレこのメンツでジャンケンして勝ったことないから!」
思わずそうでかい声で叫んだから、教室中の視線が水谷へ集中してしまった。
「ジャンケンのほうがいいんじゃないの、公平で」
「どっちにしろ水谷しかやれないんだし、覚悟決めろ」
クラス長と阿部の言うことはもっともなのだが納得はできない。
だから水谷は強く願った。得体の知れない神様というものに必死で縋るのは、高校の合格発表のとき以来だった。劇なんて無理です、本当に無理なんでお願いします。心の中で何度も唱え、水谷は右手へ力を溜めた。
「うおおー! オレは! 勝つ!」
「がんばれ水谷!」
茶化すように野次が飛ぶ。
「よしいくぞー……、じゃーんけーん」
「ぎゃははは!」
結果なんて阿部と花井の手を見なくてもわかってしまった。教室にどっと響き渡った笑い声で水谷はジャンケンに負けたことを知る。打ちひしがれて「へへ……」と疲れた笑顔しか返せない。
こうしてマーセラス役は水谷に決定した。あまりにもうるさかったのだろう、六組の担任が七組へ苦情を言いに来た。