Our Song
水谷が悶々と悔いているあいだに隣の栄口は身支度を整え、鞄の中からイヤホンを取り出す。おそらく帰り道でも聴いて帰るのだろう。耳へ細いコードが伸びる前に水谷はまた同じ質問をしてみた。
「お前それ、まだ同じの聴いてんの?」
「そうだけど」
そう質問をすることで栄口が不機嫌になったのを感じ取ってしまった。
オレは別におかしいことなんて言っていない。水谷は反感を覚える。そりゃあ同じことを何度も尋ねている気がするけど、この程度で怒るなんて栄口のほうが変だ。
わだかまりが一瞬にして今まで抑えていた言葉を作り出し、水谷は留めることなく吐き出してしまう。
「オレ栄口がイヤホンしてんの嫌い」
「は?」
「もういいじゃん、外せよ」
目が合った栄口の眉間に皺が寄っていて、水谷は反射的に視線をずらした。何の勝負もしていないのに負けてしまったような気がした。相手は何も言わず、水谷の意見をも無視し、手馴れた動作でイヤホンを装着する。
多分もう音楽は流れている。あの曲を聴いているときの思い詰めた雰囲気を纏う栄口が、立ちすくむことしかできない水谷をざっくりと切り捨てる。
「水谷には関係ない」
完全に気圧されてしまった。とにかく何か反論したくて、水谷は意味を成さない短い声を返したけれど、そんなところでイヤホンをした栄口へ届いていないのだろう、暗い表情のまま踵を返す。「お疲れした」と栄口は部室から出て行き、皆の返事より早くドアが閉じた。
水谷は栄口がとても怖かった。そんな自分がとても情けなかった。
争いを好まない水谷の性格上、今まで誰かから面と向かってはっきりと拒絶を示されたことなんてなかったから、置かれた状況にどう対処していいか経験がなかった。
それに栄口だって、あんなふうに否定的な感情を剥き出しにするタイプではないだろう。自分と同じように平和主義で、穏やかに物事が進むことを大事にしてはいなかったか。
もしかしてオレは栄口の中のでかい地雷を勢い良く踏んでしまったのだろうか。
水谷の足元から、ざっと血の気が引いていった。