Our Song
好きになりそうな人を諦めるにはどうしたらいいんだろう
土曜日も劇の練習をすると口を酸っぱくされていたから、部活が終わるなり真っ先に教室へ駆け込んだというのに、人っ子一人いないとは一体どういうことなのか。
水谷は混乱と落胆が入り混じって変なテンションになってしまったが、よくよく教室を見渡すと黒板に大きく文字が書いてあった。
『女子は家庭科室、男子は買い出し。水谷は待機!』
『本日ステージ使用可能 十六時から三十分』
ぼそぼそと読み上げた自分の間抜けな声だけが教室に響く。『水谷は待機!』の文字だけ赤いチョークで太く書かれ、くどいほどぐるぐると円で囲われていて複雑な心境になる。あいつらオレをどういうふうに思ってるんだ。
そういえば、と携帯を取り出して確認すると、やっぱり劇の主人公役から今日の予定変更についてメールが来ていた。おそらくそいつも買い出しについて行ったのだろう。水谷は電話をかけてみることにした。
「おっす、お前らどこいんの?」
『いらないダンボール貰いにスーパー何件か当たってる』
「うわ、大変そ」
『だけどほとんど二年三年に持ってかれてるわ。三件回って収穫なし』
「オレ今教室に一人ぼっちで超さみしいんですけど」
『家庭科室行けば? 女子いるよ』
「やだよ、女子おっかないし」
電話先の相手が軽く笑った。ここ最近劇であれこれダメ出しされて、水谷はすっかり七組の女子が苦手になってしまった。おそらくそんな水谷を知っているから吹き出してしまったのだろう。
『あと三十分したら戻るけど、なんか欲しいものある?』
「オレ部活終わって速攻来たから超ハラ減ってんのー、パンとか買ってきてくんないマジで」
『経費で落とせるか聞いてみるわ、ははは』
「お願いしますよイケメンさーん」
イケメンって呼ぶな、とイケメンは怒って電話を切った。
作業をするために奥へと詰められた机の中から自分のものを探し、とりあえず鞄を置いた。前と後ろの机を退けてスペースを作ったら、なんとか椅子を引いて座ることができた。はぁ、とひとつだけ息を吐き、鞄の中から台本を取り出す。水谷はまだ台詞を覚えきっていないのだった。
文化祭の準備ということで部活も通常より早く切り上げられたが、やはり朝からずっと身体を動かしていたから大分疲れている。マーカーを引いた自分の台詞が全然頭に入ってこない。これではいけないと考えた水谷が台詞の一節を読み上げると、静まり返った教室に張りの無い声だけがこだました。むなしい。