こらぼでほすと 闖入10
「なかなかいいですよ、黒ちびちゃん。じゃあ、スピードアップとまいりましょうか? 」
二割程度の力で動いていたが、それを少しずつ上げていく。普段から寺に居る時は、坊主や悟空に付き合ってもらっているから、スピードにはついていける様子だ。小一時間、そうやって遊んでいたら、山門からキラたちが入ってきた。すでに、黒子猫は何箇所か紅い筋をつけられているが、それでもついてきている。
「そろそろおやつの時間らしい。」
じゃあ、訓練も切り上げましょう、と、元帥様が本気で黒子猫に剣を向けて攻撃した。さすがに、本気だと、黒子猫では太刀打ちが利かない。すぐに、首元を剣で突かれる一歩手前の状態で停止する。
「攻撃パターンを増やしなさい、黒ちびちゃん。同パターンを続ければ、相手に動きを読まれてしまいます。」
「・・・わかった。ありがとう。」
「はい、よくできました。もうしばらく、僕らは滞在しますから、その間は相手をしてさしあげます。」
黒子猫は遊ぶには、ちょうどいい相手だ。ちょこまかと動いて攻撃してくるから、もぐら叩きでもしているみたいに元帥様は捌いている。
「きみは接近戦型のMSマイスターだそうですが、獲物は短剣だけですか? 」
「いや、七つの各種の剣を配備している。」
「ということは、長剣も練習したほうがいいんですね。・・・うーん、もう一本あるかなあ。」
剣は、大将が持ち込んだ、これ一振りしかない。お互いが、長剣でやるとなると、もう一本必要だ。
「終った? 」
どちらもが剣を収めたので、キラも近寄ってくる。鞘に収めた剣を手に、アスランに問いかける。
「アスラン、この程度の真剣はありませんか? 」
「ラボのトレーニングルームにありますよ、天蓬さん。・・・いや、ラクスのところにもあるかもしれないな。刹那の訓練ですか?」
「ええ、真剣でやるほうが、黒ちびちゃんのためになりますから。それ、貸していただきたいのですが、いかがでしょう。」
「今夜にでも届けます。同じタイプでいいんですよね? 」
捲簾の剣は、少し大ぶりのものだ。これだと、黒子猫には重過ぎるだろうと、もう少し細めのもので、と、注文はつけた。さすがに、真剣を使った稽古なんてものは、『吉祥富貴』ではやらないが、一応、武器として揃えてある。
「それ、触らせて? 天蓬さん。」
「これ、キラくんでは重すぎて振るえませんよ? 」
まあ、いいか、と、元帥様は渡したのだが、確かに大明神様には重すぎた。抜き身にするだけで、四苦八苦だ。
「真剣って重いんだね? 刹那も持ってみる? 」
となりに立っている刹那に渡すと、こちらは一応、扱えるが、それでも重さに驚く。その重さを気付かせず、元帥様は舞うように刹那の相手をしていたからだ。
「きみたちは、普段、実際の重さなんてものとは無縁ですからね。・・・アスランくんはどうです? 」
元ザフトのトップエリート様は、持って振ることはできる。重火器よりは軽いからだが、これで戦うとなると別物だ。
「さすがに、これで斬りあいは難しいな。慣れればできると思いますが。」
アスランですら、真剣での斬り合いなんてものは訓練でもやっていないので、いきなりは無理だ。
「世の中、便利になっているんだと実感しますね。きみたちの操っているMSは、これの何万倍かの重量の武器を使っているというのに。中の人間は、僕らの普段使いの武器すら扱えない。」
「そうですね。だからこそ、殺すという実感も薄いのだと思います。」
「ついでに、中にいるから護られていて死ぬことも少ない。」
「うーん、それは微妙ですね。コクピットか動力部を破壊すれば、相手は死にます。」
「なるほど、判りやすい。」
「どちらも急所は同じだから、そこは技術の差でしょう。キラは、不殺が信条なので、わざと外して動けないようにします。」
「だって、殺す必要はないでしょ? MSさえ動けなくすれば、戦力外になるんだもん。」
とはいうものの、それも技術があればこその言葉だ。相手は殺すつもりで戦っているので、それを避けてMSを破壊できるのは、大明神様クラスの腕前でないとできない。
「刹那は、そういう意味じゃあ、どちらも経験している。」
「・・・俺は、殺さないと殺されていたからな。」
戦って生き延びるしかなかった刹那は、敵を不殺にすることなんてできなかった。そんなことをしていたら、自分の命が危なかった。だから、敵は殺すものだと考えている。
「僕も最初は、そうだったよ? 刹那。」
「ああ。」
「フリーダムのお陰で、そうしなくてもよくなったから、そうしていたけど、ギリギリだったら、僕も殺していただろうね。」
キラだって最初から不殺だったわけではない。最初は、闘いを切り抜けるのに必死だったから、そこまで余裕はなかった。だから、刹那が、これからもテロリストとして戦う上で、不殺である必要はないと思っている。特に、ヴェーダの生態端末は厄介な代物だ。殺しても殺しても代替品が用意されているからだ。それを殺すことは否定しない。生き延びるために犠牲は出る。それが刹那であっては悲しいからだ。
「俺には、おまえほどの余裕はない。いくら、エクシアが優秀でも俺には無理だ。」
「もちろん、それでいいんだ。僕は刹那が生きて戻って来ることのほうが重要だもの。全てを護ることなんてできないんだから。・・・だから、きみのやり方でいいんだよ。僕は、それを否定しないし、応援する。」
キラたち『吉祥富貴』からすれば、世界からの贖罪なんて考えは、クソ食らえだ。その世界が、刹那のような子供を生み出したのが、そもそもの原因だ。必要悪としての組織の存続は、世界からの贖罪なんて求めて消し去るものではない。
「わかっている。」
自分たちを否定しない『吉祥富貴』は、刹那にとっても有り難い存在だ。何より、キラは、世界と向き合った過去がある。その当人が、そう言って肯定してくれれば、刹那も生きている気になる。
「天蓬さん、俺にも稽古をつけてくれませんか? 」
「いいですよ。じゃあ、木刀を借りてきてください。」
なぜか、お寺には木刀なんてものもある。この間、捲簾が腹ごなしのために借りた。
「黒ちびちゃん。生きたかったら殺しなさい。僕も、それは賛成です。理不尽に殺される必要はありません。」
相手がどういう正義を持っていようと、自分にも信じているものがあるのなら、黙って殺される必要はない。天蓬たちも、そのために戦った。だから、天蓬も、それを否定しない。テロというのが卑怯な行為だというなら、さらに絶対的な力でねじ伏せられる。世界の全てが望めば、それは可能だ。世界の全てが望まないから、この現役テロリストは生きているとも言える。無差別に殺すことは殺人だが、自分の考えを進めるために生き延びるための戦いなら、相手を殺すしかないのも事実だからだ。
「殺されるつもりはない。世界から紛争がなくなったら、考える。」
「それは無理だと申し上げておきましょう。僕らが記憶している限り、そういうことはありませんでした。」
作品名:こらぼでほすと 闖入10 作家名:篠義