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【あの花SS】十年越しの花火の前に【10話】

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―つるこ―



彼が私だけは見ないということは、とうに知っていた。
それでも、追いかけずにはいられなかった。
体育の授業、毎年恒例の徒競争。
いつも二番で悔しがっていた彼の汗が、きらきらと零れ落ちるさまを、じっと見ていた。
私だけが、見ていた。


彼は、何かに追い立てられるように高みを目指していた。
彼をせき立てる劣等感はそれは凄まじく、年を負うごとに皮肉げな笑みが板についていった。
どんなに褒められても、どんなに手に入れても満足しない。
その原因を私は知っている。


かつて、完璧な女の子がいた。
可愛らしい顔立ちに、溌溂と動き回る小動物のような仕草、天から恵まれた美しい肌と髪。
諸々を与えられた少女は、名前を本間芽衣子といった。
私は彼女を羨ましいとは思ったが、一方であまり気にしてはいけないと警戒もしていた。
彼女は住む世界が違いすぎる。
私とは決定的な何かが違いすぎるのだ。
私は当時からそれなりの思慮分別をもって、彼女と一定の距離をおいていた。
しかし、普通の子供はそんな「境界」など見えなかったらしい。


誰もがめんまに惹かれ、時に嫉妬し、時に恋をした。
彼も、ゆきあつもその一人だった。


ゆきあつは格好良い。
見た目だけじゃない、長い月日をかけて努力を重ねた彼の中身は、洗練され、一際その輝きを増している。
私は、ずっとそばで彼の努力を見てきた。
彼が人の見えないところでこっそり泣いていたのを知っている。
彼が放課後にこっそり居残り練習をしていたのを知っている。
彼が夜中まで頑張って勉強して、授業中にうっかり舟を漕いだ瞬間を知っている。
その原動力が、触れられない別の世界にいるめんまであることも。


私は彼のそばにいられるだけでよかった。
彼がどんな気持ちで日々を更新していようが、その努力の足跡をそっとなぞっていられれば良かったのだ。


でも、もしも、彼がめんまの呪縛から解き放たれる可能性があるなら。
私は見てみたい。
囚われていた世界を見失って、彼が次に何を目指すのか。
迷走する線路から外れた彼が、自分の足でどこへ向かうのか。
その行く先はきっと私ではないけれど、それでも。
いつまででも、彼の足跡をなぞっていく。