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永遠に失われしもの 第16章

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午後六時を丁度回る頃、
 ローマの混雑するオープンカフェで、

 泡立てたミルクの上にかかるシナモンと、
 オレンジピ-ルの匂いを楽しみながら、
 葬儀屋は、異様に伸びた黒い爪でカップの
両脇を支えて、カプチーノを啜っていた。



「首尾よく事が運んだようじゃないか..」



 夕方の散歩をする人々で埋め尽くされた、
 歩道を遠くから歩いてくる二人を見て、
 葬儀屋はつぶやいた。

 二人は相変わらず何かを言い合いながら、
 近づいてくる。



「もうその顔いい加減にしなさい!
 話しにくくてたまりません。」



 真面目そうで、
 どこが崩れているというわけではないが、
 さりとて特徴もない凡庸な顔に、
 くすんだ赤茶色の髪をして、
 アイロンはかかっているが少々くたびれて
 元もあまり上質ではないであろうスーツを着た男に、一人の男が苛立ちながら
 文句を言っている。

 男は片手に大きな絵を持ちつつ、
 後ろを歩く警官姿の男に言い返した。



「貴方はお似合いですから、
 そのままの方がいいと思いますよ。

 その制服、貴方のトレードマークにしたら
 どうですか?」



 紺色に小さな銀色のボタンが並び、
 肩には肩章のついた半袖シャツと、
 ぴっちりした同色のスラックスを着た
 男はギロリと眼鏡越しに睨み付ける。



「死神は黒スーツと決まっていますから」


「それは残念ですね、
 本当によく合っていらっしゃるのに、
 権威志向な所が特に」


「その最後のフレーズが言いたくて、
 この格好をさせた訳ではないでしょうね」



 この悪魔なら十分ありえると苦々しく思う
 ウィルに、諭すような口調で、
 セバスチャンが言う。



「何度も説明したでしょう?
 潜入するのに必要だっただけです。

 別に浮浪者役でも良かったんですよ?
 貴方が警官役を選んだんじゃないですか」


「納得いかないのは、私が警官であなたが
 警部ということです。
 なんで私の方が格下なんですか・・・」


「貴方の演技力ではこの役は無理です」



 二人は、葬儀屋のテーブルについても、
 まだ言い合っていた。



「それで小生の、死体はどこだい?...」


「絵を燃やしたら、すぐにお連れします」


「早くさっさと燃やしなさい。
 魂を回収したら、もう私は帰ります」


「では、人目のつかない所に参りましょう」



 夕焼けの残照が濃紺の闇に侵されて、
 消えていく中で、
 フォロロマーノの神殿跡にそびえる、
 太い列柱が、最後の橙色の光に照らされる


 セバスチャンは髪を流れるようにかきあげ
 赤茶色だったものを漆黒に戻していく。
 顔の皮をめくるように、
 凡庸な男の顔を脱ぎ捨て、本来の、
 血も凍らせるほど美しい顔に戻った。

 そして、大人二、三人が腕を伸ばせば、
 やっと届くような太さの柱を一回りする間に、黒い燕尾服をいつものように纏った、
 漆黒の執事に戻っているのだった。



 --この絵が、最後に消えれば、
 もうぼっちゃんは、
 私とカールの夢は見なくなります。

 もう既に私と、私の幻像を見た人間
 は皆この世から消えているのだから。

 後は、ぼっちゃんの悪夢だけ--



 列柱の根元に絵を置き、ウィルの方を
 向いた。



 ウィルは、一度大きく天にデスサイズを伸ばして、そのままその刃を振り下ろし、
 絵を縦に引き裂いた。
 丁度セバスチャンに似た少年の体を二つに
 裂くように。

 発光したシネマティックレコードが、
 絵から吹き上がる。
 ウィルがデスサイズで確かめながら、
 巻き取っていく。

 誰も座っていない寝椅子に向かって、
 必死に絵を描き続けるカール・オレイニク


 その時、シネマティックレコードが、
 突然逆流し、
 一斉にセバスチャンに向かった。

 長いフィルムは、セバスチャンの、両腕と両足を引き千切るかのように絡みつき、
 四肢を伸ばさせきった状態で、
 体を宙に浮かせる。



「くぅッ!・・・なんて執着心だ・・」



 ウィルは必死に巻き取ろうとするが、
 フィルム自体も彼を攻撃してきて、
 中々近寄らせもしない。