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永遠に失われしもの 第16章

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 濃紺の空に月が浮かび、フォロロマーノの
 遺跡をほのかに照らす。
 闇より黒い雲が時折、月を隠しては、
 通り過ぎる。

 夜に紛れて空に、黒い煙が溶けていく。
 その下で、カールの引き裂かれた絵は、
 今は炉にくべられたように、
 赤々と燃えている。


 葬儀屋は遺跡にころがる大きな石の瓦礫に
 腰掛け、ウィルは神殿の遺跡一面に、
 散らばってしまったフィルムを収集する。

 セバスチャンは、
 口から吐く血こそ止まったものの、
 穴の開いた皮袋に酒を詰めたように、
 無数の傷から血を流し続けていた。

 特に胸の辺りは壮絶で、縦に引き裂かれた
 白シャツも、今は紅一色に染まっている。

 炎に照らされたセバスチャンの顔は、
 肌の蒼白さと、口元にべったりと付着した
 血のお陰で、いまや完全に人間離れした、
 悲壮な美しさが漂っていた。



「また残業確定ですか・・・これは、
 応援を呼ばないときりがありませんね」



 一コマ一コマ拾いながら、中身を確認しているウィルが不平を洩らした。



「執事君、大丈夫かい?...」


 
 セバスチャンは流血の量のせいか、
 葬儀屋がかって見た事の無い程、消耗し、
 息を荒げ、肩を上下に揺らして、
 苦痛に表情を歪めていた。

 それでも平気を装うとしているかの様に、
 静かに言った。



「先を急ぎましょう。
 あと一つだけ、
 貴方に死体を確認してもらえれば」


「どこだい?」


「サン・パウロ門の近くの、
 テスタッチョ地区にある
 ローマ非カトリック墓地です。

 参りましょう」



 そう言って夜闇に素早く溶け込み、
 疾走するセバスチャンだったが、
 時折大地に血を滴らせている。
 すぐ後ろを葬儀屋もついていった。



 ローマ非カトリック墓地は、
 ローマ市内の喧騒が嘘のように、
 市内にあるにもかかわらず、
 人間の行き着く最終地点としてふさわしい
 静寂で安寧な場所だった。



「他に、外国人墓地、
 または芸術家と詩人の墓地と呼ばれる、
 この場所は、
 まさにカールが入るべき場所でしたね」



 大理石を美しく彫り上げた墓標が立ち並ぶ中を、セバスチャンと葬儀屋が歩む。
 十字架に縋る美しい乙女の彫刻や、
 墓標に死んだように突っ伏して嘆く天使像
 を抜けると、
 カール・オレイニクの、
 文字だけの簡素な四角い墓標があった。
 


「といっても、本国のオレイニク公爵家から
 絶縁された身の上だったので、
 帰るに帰れなかったというだけの話ですが
 --」


「小生は死体って聞いてたけど、これは
 もう埋葬されているよ?...」



 葬儀屋は口をへの字にしながら尋ねる。



「ええ、ですから掘り起こして、
 死体を調べていただきた--」



 また大きな血の塊を吐いて、セバスチャンが片膝をついた。



「随分怪我がひどそうじゃないか...
 また明日でも、小生が...」


「いえ、それでは手遅れに--
 中の死体を調べて、契約印があるかどうか
 を--
 私は大丈夫ですから」


「じゃぁ...そこで座ってお待ちよ...
 いま見てみるよ」


「では、お言葉に甘えて--」


 セバスチャンは墓標に寄りかかって座る。