永遠に失われしもの 第16章
夜闇の中、柔らかく湿った土を掘り起こす
音と虫の声が交互に響く。
まだ埋葬されて日も経たず、
雨の洗礼を受けていない土は、
容易に掘り起こされて、
うずたかく横に積み上げられていく。
さほどもしない内に、
葬儀屋の金属のスコップの先が、
カール・オレイニクの棺にぶつかって、
鋭い音を立てた。
「見~~つけた~...」
葬儀屋はまだ見ぬ死体への期待にときめくように、声を弾ませる。
虚ろな表情で、墓標によりかかっていた、
セバスチャンが、体を重そうにしつつ、
立ち上がる。
葬儀屋が棺の蓋を横にずらすと、
微かな腐乱臭と共に、
すっかり乾燥してしまい萎れて、
薄茶色に変色した白薔薇に囲まれた、
カールの金髪が見えてきた。
さらに蓋をずらせて、乾燥しきった肌に
皺の深く入った額が見えてきた時、
カールの死体はまるで砂絵の様に、
細かい粒子を月の光によって煌かせ、
身に着けていたはずの衣服もろとも、
一陣の風と共に、結晶となって風に乗り、
消えていった。
棺の中には変色した白薔薇が残るばかり。
その風の逝く方向目がけて、
セバスチャンは、ずたずたに裂けた燕尾服の内ポケットから銀製のナイフを出し、
流麗な動作で投げつける。
空を切って進むナイフは夜闇に消えて、
二度と大地に落ちることはなかった。
「何か居たのかい?...」
葬儀屋は、消え去った死体への失望感を隠そうともせず、
べったりと大地に腰を下ろしながら、
ナイフの行方を確かめるセバスチャンに尋ねた。
セバスチャンは胸の傷を押さえつつ、
葬儀屋のいる場所に戻りながら答える。
「そのようですね--同業の匂いが。
少なくともこれで、カールが死の間際、
何者かと契約したことはわかりましたので
一応の収穫があったといえるでしょう。
私が会いにいったとき、
彼が若さを留めておけたのも、
そのせいでしょう。
彼の契約印の紋章を確かめられれば、
さらに良かったのですが--」
「それは夢喰らいの悪魔とは別なのかい?」
「夢喰らいの悪魔の本体は、
こちらの世界に来ていなかったので、
彼とは契約していないでしょう。
あれらは単に銀の鍵を守る存在。
私から銀の鍵を奪おうとはしても、
そのために人間と契約は、
しないでしょう。
それ故、カールの若さを保ち、
カールのシネマティックレコード
をあそこまで動かし、
この死体を消し去ったのは、
別のものの仕業でしょうね」
「では、その悪魔の契約内容は...」
「ええ、貴方の考えておられる事でしょね。
恐らく」
私を凌辱し、身体も心も嬲り弄ぶことか、
もしくは--
「執事君も、とんだ人間と関わりに、
なってしまったもんだねぇ...」
「全くですね」
セバスチャンは、他人事のように、
興味のなさそうな顔で答えた。
「実際カールが執着しているものは、
私そのものではなく、
夢喰らいが見せた幻像にしか過ぎない、
というのに--」
「恋や愛なんて、そんなものさ、元から。
誰も心底、
相手のことなんて分かりはしない。
好きになった相手ですら、
自分から見た相手でしかない。
いわば、幻想で幻像さ...」
「だから私には、恋も愛も、無縁なんですね
きっと」
「ヒヒヒ...」
(時として、君は愚かだね...執事君)
作品名:永遠に失われしもの 第16章 作家名:くろ