二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

こんなかんじ2

INDEX|3ページ/8ページ|

次のページ前のページ
 

しかし舞台上でオペラを歌う快感を覚えてしまったメルヒェンにはやはり何か物足りなかった。
出番の終わったメルヒェンは雪白の歌声を舞台裏の隅に置かれた椅子に座りながらぼんやりと聴いている。
手にもった台本を眺めながら、いつの間にか聞こえてくる歌声に合わせて伯爵夫人の歌を口ずさんでいた。

『なんて間抜けな亭主。笑わせるわ、もっと良い夫を探すべきだった』

その時、ぽんと何者かがメルヒェンの肩に手を置いた。
驚きながら振りかえるとそこにはイドルフリートが立っている。
声をあげそうになるのを寸でのところで我慢して、メルヒェンは呆然と彼を見上げた。
イドルフリートは綺麗な笑みを浮かべてメルヒェンの手を引く。

「おいで、歌の練習をしよう」

答えを聞く前に、イドルフリートはメルヒェンを抱きあげて隠し扉の中へと姿を消す。
メルヒェンはそのままファントムに再び連れ去られた。
秘密の通路を抜けて、誰も知らない地下道を歩き、そして水路で小舟に乗る。
再びイドルフリートの音楽の空間へ連れてこられたメルヒェンは
パイプオルガンの前に置いた椅子に座るイドルフリートを見つめながら言った。

「あの、でも、僕は今回小姓役で…」
「プリマドンナたるもの、他人の歌も全て歌えなくてはならない。
 それに…君は伯爵夫人の役になるから大丈夫さ」

イドルフリートはうっそりと微笑を浮かべた。
相手の言葉の真意が掴めずにぞくりとメルヒェンは身を震わせる。
もう決定してしまったキャストを今更変更できるはずもないのに…。
戸惑った様子のメルヒェンを見て、イドルフリートは彼に甘い歌声を聴かせた。

『さあ私の音楽の天使、私の為だけに歌を歌え』

自分の歌声はメルヒェンにとって媚薬にも勝るものだと彼は知っている。
案の定、メルヒェンはイドルフリートの歌声に表情をすぐに恍惚のそれに変え
イドルフリートの歌に聴き入りながら彼に合わせ同じように歌いだした。
二人の声が重なり、洞窟内に響き渡る。
空気を震わせる二人の歌声はどこまでも艶やかで甘美なものだった。
メルヒェンはぞくぞくと背筋を駆け巡る恍惚に頬を火照らせる。
イドルフリートの歌声を聴くその時間は、彼にとって何ものにも代えがたい至福の時だった。
己の全身が支配されたかのような感覚に身体は歓喜で震えあがるのだ。
そしてイドルフリートもまた、自分の存在を知ってから
日に日に艶めかしく甘くなっていくメルヒェンの魔性の歌声に快感を覚えていた。
まるで男の本能を揺さぶり、男を堕落させる為にあるかのような歌声だ。
清純なアリアを歌った時とは違う。
イドルフリートという存在を知ってからのメルヒェンの歌声は天使と例えるには
あまりにも淫らで艶やかな男を誘う音をしていた。
まるで清らかだった処女が、男を知ったかのように歌声が変わったのだ。
快楽の絶頂に押し上げられるかのようにメルヒェンは声を高くした。
そして、歌い終わると疲れきったのかその場に座りこんだ。
熱い吐息を溢しながら赤い顔で自分の身体を抱きしめている。

「素晴らしい。歌えば歌う程、君はより美しく綺麗になってゆく」
「…イドと歌うと疲れる」

まるで激しく愛し合った時に迎える絶頂の後のようだ、とメルヒェンは心の中で思った。
火照る身体は腰を抜かしてしまったらしく立てる気がしない。
イドルフリートと歌うのは心地よいがとても疲れる。でもその疲労感は嫌いでは無かった。
むしろ、もっとその先を知りたくなってしまう。

「疲れたようだね。少し休んでいくといい、ベッドを貸すよ」
「でも、もう戻らなきゃ…皆が心配しているかも」

しぶるメルヒェンにイドルフリートは眉を顰めた。
そしてわざと寂しそうな拗ねた声を出しながら
じっと懇願するようにメルヒェンの黄金の瞳を見つめる。

「嫌だね。君と二人きりになんて滅多になれないんだ。もう少し私の傍にいたまえ」
「イド…」
「君は私のものなんだ。私の命令には従い給えよ」

有無を言わさずメルヒェンを抱きあげてベッドへと連行する。
痩せた身体をシーツの中に沈めてやると、メルヒェンも素直に眠たそうな顔をしながらベッドに寝転がった。
イドルフリートもその隣に寝転がり、メルヒェンを抱きしめながら耳元で囁く。

「さあ、眠って。夢に身を委ねて、楽しい時間を過ごしてくるといい」

催眠術のような甘美な声にメルヒェンは瞼を閉じる。
イドルフリートは甘い香りのする漆黒の髪を指で弄りながら子守唄を口ずさんだ。
イドルフリートは誰からも歌ってもらった事のない調べ。
メルヒェンがオペラ座に来てからソフィに歌ってもらっているのを聴いて覚えた歌だ。
懐かしいそのメロディにメルヒェンはすぐに静かに寝息をたてはじめた。
綺麗な寝顔を愛おしそうにじっと見つめながらイドルフリートは微笑む。
そして、ゆっくりとメルヒェンの首筋に舌を這わせきつく吸いついた。
擽ったそうに身を捩るもののメルヒェンは起きない。
白い首筋に紅い所有の証が刻まれた事を確認し、満足そうに碧い瞳が細められる。
そして腕の中にあるメルヒェンのぬくもりと確かめながら、彼も瞼を閉じて夢の世界へと旅立った。




その日の夕刻近く、エリーザベトは顔色を青くしながらオペラ座の中を駆け回っていた。
舞台稽古の途中で突然姿を消したメルヒェンを探しているのだ。
また何か悪い事が起こっているのでは、と不安は募るばかりだ。
彼は自分が守らなければと思ったばかりだったのに、少し目を離した隙に消えてしまった。
エリーザベトは銀混じりの漆黒の髪を持つ親友の姿を必死に探した。
舞台裏にいなければ、ロビーやホールの方にいるのだろうか。
階段を下りようとしたところでその先にブラウの姿を認め
エリーザベトは藁にも縋る思いで彼に声をかけた。

「あの!」
「…?何か」

呼ばれたブラウは振りかえってエリーザベトを見上げる。
彼は彼女と直接の面識こそ無かったが
いつもメルヒェンの傍にいるダンサーだという事にはすぐ気がついた。
何か自分に用だろうかと訝しげに首を傾げるブラウにエリーザベトは訊ねる。

「その、メルを見ませんでしたか?」
「いや、今日はまだ逢っていないよ」
「そうですか…引き止めてしまってすみません」

エリーザベトはますます顔色を悪くしながらも
ブラウまで不安にさせまいと無理に笑顔を浮かべてそう言った。
しかし彼女の様子を見てブラウは何かあったのだと感じ取り
立ち去ろうとするエリーザベトのもとまで駆け寄って彼女を引き止める。

「何かあったんですか?」
「ああ、いえ!舞台稽古の途中でちょっと姿が見えなくなったものだから…!
 まだ数時間いないだけだし、また何かあったという確証があるわけでも無いんです。
 私の勘違いかもしれないので、子爵はどうかお気になさらず」

心配させぬように言うが、かえって逆効果になってしまった事にエリーザベトは発言した後に気付いた。
ブラウは彼女の言葉を聞いて自分が焦り出したのが分かった。
心を落ちつけようと唇を噛み、メルヒェンの居場所の心当たりを思い浮かべる。
その時、二人の真横にあった扉ががちゃりと音をたてて開かれ
そこから何食わぬ顔をしたメルヒェンが出てきた。
作品名:こんなかんじ2 作家名:えだまめ