こらぼでほすと 闖入11
それを接客と呼ぶのか、些か疑問だが、命じる通りに動く坊主なんてものは、なかなか見られるものではないから、上司様たちはご満悦だ。しばらく大笑いして、すっと童子様が真面目な顔をした。
「新しいグラスをもらえないか? 」
ダコスタが、そう命じられて切子の盃を運んできた。机に置かれている酒瓶を手にしようとするので、八戒が手を出そうとして、捲簾に止められる。切子の盃に半分ほど注ぎ、ニールの前に置く。
「まあ、半分で勘弁してやるから呑んでくれ。」
「はい? 」
悟空は、それを止めようとして、今度は天蓬に止められる。まあ、待ってください、と、微笑まれるので、悟空も黙ったままだ。
「とりあえず呑め。」
「はあ。」
呑めない事は無いので、ニールも手を出した。ごくりと飲んで、ほおっと息を吐く。それを見てから、今度は、その盃を童子様が手にして、また酒を満たし、一気に煽る。
「本来は、酔いが回るまで飲み交わすもんだが、おまえだと、この程度だろう。これで、おまえ、うちの身内認定だ。」
「はい? 」
「うちのほうの風習ですよ、ニール。義兄弟の契りというものがありましてね。それは、酒宴を開いて、どちらもが酔いつぶれるまで飲み合うものなんです。どちらも、相手を信頼しているという意味で酔い潰れるまで飲み明かすことで、その約束は結実することになっています。あなたの場合、そこまですると、亭主と周辺が暴れるから一杯だけ。さて、僕らとも契っていただきましょうか? 」
説明すると、今度は天蓬が、新しいグラスを所望する。三国志の「桃園の誓い」のような古い慣習ではあるが、こちらの気持ちは伝わるものだ。坊主の女房としては合格というお墨付きを意味している。天蓬が呑み終えると、捲簾も同様にグラスを所望し、ニールと盃を交わす。さすがに、それだけ一気に飲むと、ニールは顔がほんのりと赤くなっている。すかさず、歌姫様が背後から水を渡す。
「つまり、私くしのママは、三蔵さんの女房に相応しいと認めてくださるわけですね? 」
「そういうところだ。」
坊主たちが本山へ帰ることになっても、ニールも同伴できるということになる。そういう意味の品定めの意味もあって来訪したのだから、結果は上々というところだ。
「・・・あの・・・」
「ん? なんだ? 」
「俺、ただの同居人なんですが? 」
「今のところは、それでいいさ。そのうち、あの坊主が押し倒して既成事実を作るかもしれないしな。そうなる前にやっておかないと、意味が無いだろう。」
「いや、それも無理が・・・俺、ノンケなんで。」
「くくくく・・・・ニール。僕らのほうでは、親しい友人同士は同じ床で寝るというのもあるんです。そういう親交の契りを水魚の交わりと申しましてね、あなたたち、それに近い関係だと思うから、僕らも、あなたと友人としての関係を築きたいと思っただけですよ。まあ、あのマイノリティー驀進鬼畜坊主が、何をしても僕は歓迎しますけどね。」
「ニール、そう深刻に考えなくても、この方たちの親愛の情だと思ってください。僕らも、これはやられた過去があります。」
本来は、妖怪と義兄弟の契りなんてものは交わらせないものだが、上司様たちは、沙・猪家夫夫とも飲み明かした。義兄弟というか、それより深い縁があるので、その部分があってやったことだから、沙・猪家夫夫も素直に受けた。
「まあ、可愛い弟分って気分だからな。」
「おまえら、三蔵を外してやるとこが、えげつないぞ。」
これを坊主の前でやったら確実に阻止されるから、パシらせたのだ。ここに居る対人間チームは、その意図を理解している。いつか、ニールも人間から変化させると宣言しているからだ。
「だって、三蔵は独占欲が激しすぎるでしょう? 悟浄。金蝉とニールが二人で出かけるって言ったら阻止するんですからね。」
やりかねん、と、スタッフも内心で頷く。いろんな意味で、三蔵がニールを確保したがっているのは事実だからだ。
「悟空、これで、おまえのおかんは、俺の身内だ。何かあったら、俺の身内を護るということで対処しろ? それから、ニール。おまえの亭主が三行半を突きつけても、それでも、あの坊主のことを気にしてくれるなら、俺の身内ということで本山までやってこい。」
金蝉が真面目な顔で、そう二人に命じる。これで、ニールを護る場合は、全力を使ってもいいということになる。金蝉の身内ということになれば、人界との関わりとか不干渉とか関係なくなるからだ。そして、ニールにも選択の権利を与える。坊主が、女房の都合を考慮して別れて本山に戻ったとしても、追い駆けることができるように、童子様の身内ということにした。それなら、本山へ追い駆けても追い返されることはない。
「それ、どういうことですか? 」
「あいつ、案外、優しいからな。おまえのために三行半を書く可能性はあるんだ。だから、それについて、おまえが不服なら反撃できるようにしておいてやろうっていうところだ。」
「ん? 金蝉さん? 」
「まあ、いいじゃないか。ここにいる全員が証人だ。」
まったく意味が解らない、と、ニールは首を捻っているが、対人間チームは微笑んで頷いている。三蔵から縁を切るようなことを言っても、もし、ニールが望むなら撤回させられるということだ。さらに付け加えるなら、これで悟空にも選択の権利ができる。ニールを本山へ連れ帰りたいと思ったら、悟空が、そうすることもできるのだ。ただの人間としてではなく、金蝉の身内ということなら、そこへ連れ帰るのに坊主の意見は関係ない。ついでに、ニールを護る場合、沙・猪家夫夫は妖怪の力を、悟空は斉天大聖の力だって使えてしまう許可にもなる。それを踏まえて、悟空は立ち上がって三人にペコリとお辞儀した。
「ママは、俺が護るから大丈夫。金蝉、捲簾、天蓬、サンキューな。」
「まあ、僕たちのは保険です。それから、みなさん、今のは三蔵には内緒でお願いしますね。あの子、バカだから。あははははは。」
三蔵が、どういう選択をしてもやり直しができるように、上司様たちも考えた。どう考えても、寺の夫夫は結びついていると思うからだ。それなのに、その関係を捨てる選択をしかねない二人だから予防線も兼ねている。
「ほんと、おまえら、三蔵のことは猫可愛がりだな? 呆れるぞ。」
「しょうがないだろう。デキの悪いのほど可愛いんだからな。」
悟浄のツッコミに、金蝉が悠然と答える。なんだかんだと言っても、金蝉は自分に連なる三蔵は可愛いのだ。それに、悟空も、それが側に欲しいと言うなら、なおさら叶えてやりたい。
「悟空、三蔵には話してはいけませんよ? 」
「わかってる。」
ひとり、意味のわかってないニールは、まだ首を傾げているものの、スタッフも、なんとなく上司様たちの意図は理解した。もう、今更だ、と、虎も鷹もトダカも苦笑する。
「内緒ごとは、これで終わりですか? 」
「ああ、これで終わりだ。また何年かしたら降りてくるつもりだから、その時もよろしく頼むぜ、ラクス。」
まだまだ、悟空たちが本山に本格的に移るわけではないから、捲簾も、そう言って酒を口にする。
「じゃあ、悟空、久しぶりに踊る?」
「ああ、やろうぜ、キラ。」
作品名:こらぼでほすと 闖入11 作家名:篠義