rose'~prologue~
艶を含んだその呻きに、ロイの動きが止まる。
エドに視線を移せば、何処か上気したような表情で、しかも息が荒くなっていた。
まるでベッドの中で、ロイに抱かれている時のように。
ロイは固まったようにエドから視線を外す事が出来なかった。
「ぅ…ぁ…」
再び、エドの口から呻き声が上がった。
自分の身体を抱き締め、時折喉の奥で声を詰める。
辛そうに眉を寄せ、もどかしげに顔を伏せがちにするその様は、まるで自慰でもしているかのようで、
ロイは思わず口元を覆った。
まさか本当に転換するのか?
いや、だがもしかしたら催淫剤だったのかも知れない。
頭の中で、ぐるぐると色々な事を巡らせながら、ロイはエドの様子を伺っていた。
びくん、と、エドの身体が跳ね上がった。
そうして、まるで胎児のように身体を丸めて。
小さく呻き声を漏らし、ぱたり、と、エドの腕がソファーに落とされた。
エドの身体から力が抜けた事を把握したロイは、そろりとエドの側に寄り、エドの肩に手を掛けた。
触れた瞬間、思わずロイは弾かれたように手を引く。
鍛えられ、締まった筈の左腕が、丸みを帯びた柔らかな物へと変わっていた。
ま…さか…
髪で隠れた顔を、ほんの少し上げてみる。
すると。
ふっくらとした白い頬と、柔らかな、まるでさくらんぼのような唇が姿を現した。
子供っぽさを含んでいた表情は、何処かマシュマロのようなふんわりとした雰囲気を漂わせており。
恐る恐る、服の上から胸元を押さえてみれば、大きくは無かったが確かにぷにっとした膨らみが感じられた。
「・・・っっ!!」
これは・・・魔法か・・・?
それとも・・・
「私は・・・夢を観ているのか・・・?」
思わずそう、声を漏らした時。
閉じられていたエドの瞳が、ゆっくりと開いた。
「ん…」
ぼんやりと視線を彷徨わせ、ゆっくりとエドは身体を起こした。
そうして自分を見下ろしているロイを見上げ、口を開く。
「…どうしたの?」
何処かいつもより声のトーンが上がっている。それは少年らしさを含んだ物では無く、細く、柔らかな印象を受けた。
寝ぼけ眼でロイを見上げるエドは、まだ自分の身体の変化に気付いてはいないようだ。
「いや…別に…」
何とかそう言葉を返し、ロイは次に何と紡ごうかと巡らせる。
ふぅん?とほんの少し首を傾げて見せ、大きく伸びをして。
そうして再びエドは口を開いた。
「何か物凄く身体がダルいんだ…疲れてんのかなぁ…?」
目を擦りながらそう言って、エドは小さく欠伸をした。
「…外が暑かった所為ではないか?」
室内は空調が効いていて外とは温度差があるからと言ってやれば、エドは納得したように「そっか」と呟いた。
「そう言えば何か冷えたみたいだなぁ…トイレ行って来よう…」
気だるそうに身体を起こし、ソファーから立ち上がると、エドはドアに向かって歩き出した。
見慣れた後ろ姿は、全体的に丸みを帯びており、何となくいつもより華奢に見えた。
エドの姿を見送ったロイは、大きく溜息を付き、ソファーに身を沈めた。
さてどうしたものかと考え掛けて、はたとロイは気付く。
「トイレだと?」
否応無しに気付いてしまうではないか。
いや、最後まで気付かないとは思ってなど居ない。
唯、ロイの中で心の準備が出来ていないのだ。
だが今更慌てた所で仕方が無い。
どうしようかと、思ったその時。
「でえぇぇぇぇぇっっっ??!!」
司令部中に響き渡る程の声が、上がった。
ああ…
ロイは諦めたように、再び大きく息を付いた。
次の瞬間、ばたばたと騒々しい足音がして。
ばん!と大きな音を立ててドアが開いた。
「大佐っっっ!!」
頬を紅潮させ、微かに瞳を潤ませて。
「俺・・・俺・・・どうしよう・・・っ・・・」
動揺し、頭が真っ白になって言葉が上手く出て来ない様子が伝わって来る。
そうして漸く、エドは声を上げた。
「身体が何か変なんだ!」
助けを求めるような、縋るような視線に、ロイはがくりと肩を落とした。
「…まぁ落ち着きなさい…」
そう言って、こちらへ来いとエドを促すと、エドは素直に従い、ロイの隣にすとんと腰を降ろした。
「何が、どうした?」
動揺を隠すように、ゆっくりとエドに問う。
エドは顔を真っ赤にして、小さく口を開いた。
「今トイレ行ったら…その…えっと…ある筈の物が無くて…」
流石にストレートには言えないらしく、口籠もるようにぽつぽつと言葉を零す。
「あの…だから…」
その様子にいい加減良心が痛んで来たロイは、大きく息を付き、ゆっくりと口を開いた。
「…女性体になってしまったと…?」
ロイの言葉に弾かれたように顔を上げ、エドは声を上げた。
「何でっ…!」
大きな瞳を更に見開いて、エドがロイを見上げる。
一瞬、やはり言わない方が良かっただろうかと思ったが、その考えを打ち消し、ロイは言葉を零し始めた。
ヒューズが賢者の石の出来損ないだと言って『ロゼ』と名付けられた液体を持って来た事。
それを服用すると性別が転換すると言う事を聞き、試しに効能書き通りに紅茶に入れてみた所、偶々エドが
入って来てその紅茶を飲んでしまった事。
「頼むから私を責めるなよ。君は私が止める間も無くあれを飲み干してしまったのだからな。」
このような状況の中でもちゃっかり自分を正当化するあたり、流石ロイと言った所か。
「・・・・・・冗談だろ・・・・・・?」
「これが冗談で無い事くらい、君が一番良く解っているだろう?」
ロイの言葉に、エドは黙り込む。
そうして自分の胸元を見詰め、そろりと服の上から手を当てた。
そして、数秒後。
再びエドが困ったような、複雑な瞳でロイを見上げた。
「・・・・・・なんか・・・むにっ、てする・・・・・・」
慣れない柔らかな感触に戸惑い、どうしていいか解らないと言ったように見詰められ、思わずロイは顔を
逸らした。
・・・・・・か・・・・・・可愛い・・・・・・
それかい、と、思わず周りから突込みが入りそうな思考をしているあたり、何だかんだ言いながらもロイは
エドの身体の変化を愉しんでいる節があるようだ。
仕草のひとつひとつが、いつもよりも柔らかい所為もあるのだろう。何もかもが、新鮮過ぎた。
何とかユルんだ顔を元に戻し、エドに向き直り。
ロイは、ぽん、と、エドの肩に手を置いた。
「・・・心配するな鋼の。ちゃんと私が嫁に貰ってやるから。」
いい加減状況に慣れたロイは開き直りもあってか、漸くいつもの様子に戻って来ていた。
余裕を取り戻せた所為もあり、饒舌さも絶好調になりつつあった。
「時に鋼の。私に君のその可愛らしい姿は見せてはくれないのかね?」
にっ、と笑みを見せて紡がれた言葉に、エドは一瞬不思議そうな顔をする。
「・・・え?」
一体何の事だと言いた気な瞳を向けられ、ロイはエドの腕を引き寄せた。
不意を突かれたエドはバランスを崩し、ロイの腕の中に転がり込む。
そうして一瞬の間に、ロイの手がエドの上着を脱がせた。
作品名:rose'~prologue~ 作家名:ゆの