rose'~prologue~
いつもの黒いシャツが姿を現し、機械鎧が露になる。
そして同時に、柔らかな腕と、華奢な身体、膨らんだ胸元がロイの目の前に晒された。
何と無く、全裸になるよりも艶かしさを感じる。
「ほう・・・」
感嘆の声を漏らしたロイに、エドの顔がみるみるうちに赤味を増す。
恥ずかしくて仕方が無いと言ったように。
少女特有の甘い香りがロイの鼻腔を擽り、くらり、と軽い眩暈を憶える。
「やだっ・・・」
掴んだ腕が揺れる様に、振り払おうと思えば振り払えるだろうにと思ったが、ふと、それが元の身体で
あった時の事だと思い出す。
全く鍛えられた様子の無い、普通の少女と同じような腕では、ロイの腕を振り払う事すら難しいらしい。
右腕の機械鎧も今現在のこの身体に合わせた物では無い為、やけに大きく見え、バランスが悪い。
恐らくは、元の身体の時程しっくり来ない筈だ。
「離せよっ・・・!」
上目遣いに見上げ、顔を真っ赤にしながら抗議する様が、余計に可愛らしい。
まるで花のようだな、と、ロイは思った。
それも満開の花では無く、開きかけた蕾のような状態。
「私としては、このままの状態の方が良いのだがな。」
「え・・・?」
低く紡がれた言葉を聞き返すように、エドが声を漏らす。
「本来の身体の時よりも、何かと都合がいいだろう?」
今度はすぐに意味が解ったらしく、エドはすぐに顔を伏せた。
「ね・・・大佐・・・お願いだから離して・・・もうすぐアルが来るんだ・・・だから・・・」
流石に弟には見られたくないらしい。
まぁ、解る気もするが。
しかしこう言う時に限って来なくても良い物を。
そう、ロイが思った時。
コンコン、とドアがノックされ、ゆっくりとドアが開いた。
「失礼します。」
ユルい声が、執務室に響く。
「兄さん、来てます?」
言いながら姿を現したのは、今まさに話題に上がったばかりのアル本人だった。
慌ててエドは身を起こし、ソファーから立ち上がる。
「遅かったじゃねぇか。」
言葉はいつも通りだったが、何処か違和感があるのは、声がいつもより細い所為だろう。
「あぁ、兄さん。」
ほっとしたように口を開き、エドに近付いたアルは、エドの数歩手前でぴたりと足を止めた。
そうしてほんの少し間を置いて、ゆっくりと言葉が紡がれた。
「・・・兄さん・・・いつから姉さんになったの・・・?」
速攻でアルにバレてしまい、兄としての威厳を失ってしまったエドは、二人が止める間も無く窓に掛けられたカーテンの
向こう側に姿を隠してしまった。
ぐるぐる巻きになったまま出て来ようとしないエドに幾度か声を掛けるが、余程恥ずかしいのか、全く出て来ようとしない。
別に全裸な訳でも無いので問題は無いだろうと思うのだが、本人にとってはそう言う問題では無いらしい。
「・・・いい加減出て来たらどうだね?」
何度目かの言葉を投げ掛ける。
だが、小さく「嫌だ」と言葉を漏らすだけで、やはりエドは出て来ようとはしなかった。
そんなエドの様子に、ロイとアルは大きく溜息を付いた。
「所で大佐、兄さんはいつまであの状態なんですか?」
先程ロイからある程度の事を聞いたアルは、話の続きを聞こうと再びロイに問い掛けた。
「ヒューズの話では1週間と言う事だが・・・」
言いながら、ロイはヒューズから渡されたメモを取り出した。
かさり、とメモを開き、目を通す。
「しかしこれを観る限り、用量が記載されていないのだ。私が紅茶に入れたのは、瓶の約半分の量だが・・・一回の量が
この瓶全てと言うなら3日か4日で戻るだろう。だがもしも一回の量が一滴程度だったとしたら、軽く1ヶ月は戻らんだろう。」
「1ヶ月・・・」
小さく言葉を漏らし、アルは再び息を付いた。
「あの・・・何かをすれば元に戻るとか・・・そんなのは無いんですか・・・?えっと・・・例えば熱湯を掛ければ元に戻るとか・・・」
何故熱湯なのだろうと思いながら、ロイは首を横に振った。
「そうですか・・・」
半ば落胆したように、ぽつり、と言葉を紡いだアルは、不意に顔を上げ立ち上がった。
そうしてエドの隠れているカーテンに近付くと、そのカーテンを剥ぎ取るようにしてエドを引っ張り出した。
「何すんだっっ!!」
アルに抱えられ、エドはじたばたと手足を振り回しながら抗議する。
そんなエドを、すとん、と、ソファーに座らせ、アルはエドの前に身を屈めた。
真向かいに腰を落としたアルに、エドは両腕で胸元を隠すようにしながらアルを上目遣いに見上げる。
「ねぇ、兄さん。女の子になるって、どんな感じ?」
「は?」
予想もしなかった言葉に、エドの目が丸く見開かれる。
「だからさ、何かが変わった感じがするとかさ、そんなの無いの?」
落胆していたと思っていたアルの声が、何時の間にか弾んでいる。
「トイレとか行ったらさ、普通に今迄のようには出来ない訳じゃない?そう言うのって、どうなのかなぁ?って思って。あぁ、
それから生理ってやっぱ来ちゃうのかなぁ?だったらさ、もしかしたら兄さん、大佐との子供が出来ちゃうって可能性もある
よね?でも例えば妊娠したとして、その途中に元の身体に戻っちゃったらどうなるんだろう?兄さんとしてはどうなの?元の
身体の方がいい?それとも女の子の身体の方がいい?」
わくわくしたように、興味津々な様子で聞きまくるアルに、エドの顔が見る見るうちに赤く染まって行く。
「ねぇ、兄さ・・・」
ガン!!
堪り兼ねたエドが右腕でアルの頭を勢い良く殴った音が、部屋に響いた。
「何するんだよっっ!!」
「うるさいっっ!!!人事だと思って好き勝手言いやがって!!!出てけっっっ!!!」
「何でさっっ?!兄さんの事を思って言ってるんじゃないか!!」
「どこが!!全部お前の好奇心だろっ?!表出ろ!ボコってやる!!」
「そんな可愛い声で怒鳴られても怖くなんか無いやい!それに普段でも僕に勝てないくせに今の兄さんじゃ全く話になんない
よっ!あぁそうだ、兄さんじゃなくて今は姉さんだったよね!ね・え・さ・ん!!」
「何だとっっっ?!!!」
何時の間にか繰り広げられた兄弟喧嘩を傍観しながら、ロイは温くなったコーヒーを啜った。
まぁ、ある意味アルの言った兄思い発言も間違っては居ないなと、ぼんやりと考える。
これで少しはエドも開き直れるだろう。
しかしこの弟の発言は確実に素だな。流石に天然は強い。
あぁ、それよりも。
ヒューズに『ロゼ』の用量を聞いておかなければ。
これから大事に使わなければならないのだからな。
ロイはポケットの中の小瓶の存在を確かめるように、握り締めた。
「こりゃまた可愛くなっちまって。」
執務室に入って来るなりロイの隣に腰を据えたエドを観て、面白そうにヒューズが口を開いた。
「中佐の所為じゃないか!訳の解んねぇ薬なんか持って来るからっ!!」
「おーおー♪声もいい感じだなぁ♪何かと嬉しいだろ?なぁロイ?」
相変わらず人の話を聞かないなぁと、交わされる会話にアルは胸の中で呟く。
「で?何だって?」
作品名:rose'~prologue~ 作家名:ゆの