rose'~prologue~
ロイの正面に腰を降ろし、用件は何だと言うように口を開いたヒューズに、ロイは小瓶を出して見せた。
「これの用量を教えろ。あのメモには用量の記載が無かった。」
ヒューズは小瓶に視線を移すと、一瞬間を置いて再びロイを見た。
「…用量…?」
そう聞き返したヒューズに、一瞬嫌な予感がよぎる。
ヒューズの返事を待つが、一向にヒューズは言葉の先を紡ごうとしない。
それどころか視線が微かに泳いでいる。
「…ヒューズ…」
流石のロイも少々不安になって来る。
「えーと…」
漸く口籠もるように、ぽつぽつと、ヒューズは言葉を紡ぎ出した。
「…一滴に対して2000mlの水で希釈した物を200mlに対して2:8の割合で使用…かな…」
その言葉に、ロイ達の思考が一瞬停止する。
「はぁ?!」
真っ先に声を上げたのは、エドだった。
「それじゃいつ戻るか解んないって事じゃないか?!」
小瓶の半分とは言っても確実に大匙1はある。
しかも原液をそのまま混ぜている為希釈率はかなり…
「すまん!!」
執務室にヒューズの声が響いた。
テーブルに打ち付けるかと思う程に勢い良く頭を下げ、ヒューズは言葉を続ける。
「今の今迄気付かなかった!て言うか言ったつもりで居た!」
「中佐ぁ…」
エドはがっくりと肩を落とし、そのままソファーに背を預けた。
「それじゃ俺何時までこのままで居りゃいいんだよ…」
ぐったりと言葉を紡いだエドに、ヒューズが再び口を開く。
「まぁそう悲観した物でも無いぞ?一応賢者の石の出来損ないとは言え、それなりの付加はある。錬成力の増幅効果が
あるからさほど支障は無い筈だ。」
「え…て事はもしかしたらリバウンドも考えられるんじゃ…」
不意に紡がれたアルの言葉に、その場の空気が凍り付いた。
それぞれが顔を見合わせ、そうしてエドに視線が集まる。
考えられない事では無かった。
リオールのコーネロがそうであったように、不完全な賢者の石を使用する事によってリバウンドを起こす可能性は高い。
しかも『ロゼ』は賢者の石の出来損ないだ。
ろりめき、蒼白になって行くエドの気を和らげるように、ロイが言葉を紡ぎ出す。
「だが必ずしもリバウンドが起こると限った訳では無い。出来損ないとは言う物の、『ロゼ』は賢者の石とは違う。」
「・・・心配するな・・・って・・・?」
上目遣いにロイを見上げ、呟くエドに。
安心しろとでも言うように、ロイは微笑んで見せた。
「・・・・・・でも・・・・・・ある意味賭けだよね・・・・・・」
ぽつり、と。
折角浮上しかけたエドを谷底に突き落とすように紡がれたアルの言葉に、エドは再びげんなりとしたように項垂れた。
「マジかよぉ…」
暫らくは元に戻らないと解り、半分魂が抜けたような状態になったエドを連れ、ロイは定時よりも早くに
司令部を後にした。
疲れたようにぐったりとしたエドと、そんなエドの背を支えるように腕を回したロイに、擦違う者達は少々
怪訝そうに二人を視線で追った。
傍から観れば軍人に何かの弱みを握られた少女が、言われるままに仕方無く、これから身を売りに行く
ようにでも見えるらしく、二人連れの女性などはロイとエドを見比べ、ひそひそと言葉を交わし合っていた。
せめてエドが楽しそうにでもしていてくれればまだ人の目も気にはならなかったのだが、この状態では
流石にロイも人の目が気になった。
しかし実際は、何も疾しい事は無い。
開き直る事にしたロイは、わざとエドの身を引き寄せ、仲睦まじい恋人同士なのだと見せびらかすように
振舞って見せた。
暫らく歩き、もう数十メートルでロイの家に辿り着くと言う所まで来た時、不意にエドが足を止めた。
「どうした?」
何かあったかとロイが声を掛けると、エドは搾り出すような声で言葉を紡いだ。
「・・・・・・腹痛ぇ・・・・・・」
「腹?」
顔を上げようとしないエドの様子に少々心配になり、ロイは身を屈めエドの顔を覗き込む。
俯いたエドの顔は蒼白で、額には脂汗が滲んでいた。
「は・・・鋼の?!」
徒事では無いエドの様子に、思わずロイは声を上げた。
今迄このような事は無かった。
早くもリバウンドを起こしたのかと思い、取り敢えず早く連れて帰ろうと、ロイはエドを抱き上げた。
「もう少し我慢しろ!すぐに寝かせてやるからな!」
辛そうに呻き声を上げるエドにそう声を掛け、ロイは帰路を急いだ。
着いてすぐにベッドに連れて行こうとしたが、エドが気持ちが悪いと言うので、一先ずエドをトイレに連れて
行き、吐きそうなら吐くようにと促した。
「ちが・・・大・・・佐・・・そうじゃなくて・・・っ・・・何か・・・変なんだ・・・」
弱々しく言葉を紡ぐエドに、どうやら吐きたいのではないらしいと把握する。
だったらどうして欲しいと聞いてやると、エドは取り敢えず用を足させてくれと小さく言葉を漏らした。
仕方が無いのでそのままエドをその場に残し、外へ出る。
「何かあったらすぐに言いなさい。」
ドア越しに声を掛け、微かに聞こえたエドの返事に小さく息を付く。
エドの様子が心配で気が気でないロイは、ドアの前をうろうろとしながらエドが出て来るのを待った。
そうして待つ事数分。
不意に、細くドアが開き、隙間からエドが顔を覗かせた。
「大丈夫か?」
そう声を掛けると、エドはこくりと頷き、伏目がちに視線をずらした。
「鋼の?」
先程よりもほんの少し顔色はましになっていたが、何処か恥らうような、困ったような表情に、ロイは首を
傾げた。
「どうした?」
優しく聞いてやっても、エドはもじもじと言い澱んでいる。
一体どうしたと言うのだろう。
「・・・・・・・・・・・・」
微かに、エドが何かを呟いた。
内容を聞き取れず、聞き返すと、エドは消え入りそうな声でもう一度言葉を紡いだ。
「・・・・・・大佐・・・あっち行ってて・・・・・・」
ロイにしてみればこんなにエドを心配しているのに、まるで追い払われるような事を言われ、かなりショックを
受けたが、可愛いエドがそう言うのだから余程ロイが居ては都合が悪いに違いないと思い、渋々ロイはその
場を後にした。
居間に移動し、ソファーに腰を降ろすがどうも様子が気になって落ち着かない。
傍から見れば思い切り挙動不審者だ。
ふと、廊下の方からぱたぱたと足音が聞こえた。
そうしてすぐに水音が聞こえ始める。
シャワーの音だ。
その水音は暫らく続き、倒れてはいないだろうかといい加減心配になって来た頃、漸く静かになった。
だが今度は中々出て来ない。
痺れを切らし、バスルームに様子を見に行くと。
バスルームの真ん中に半ば呆けたように、エドがぺたりと座り込んでいた。
「鋼の?大丈夫か?」
そっと声を掛けてやれば、ゆるゆるとエドが振り向いた。
その瞳は、潤んでいて。
「鋼の?!」
慌ててロイが声を上げると、エドがゆっくりと言葉を漏らした。
「大佐・・・俺・・・生理になっちゃった・・・」
作品名:rose'~prologue~ 作家名:ゆの