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rose'~prologue~

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「可愛らしくなっちまったエドに、ちょっかい出すなよってな。」

「はぁ?」

「解んねぇか?ありゃ俺達に『エドは自分の物だ』って言ってたんだよ。悪い虫が付く前に自分で威嚇したって

とこだ。色々と不都合が生じるってのは、大佐にとっての不都合なんだよ。まぁ、エドにとっての不都合って

意味もあるんだろうがな。」

いつもの調子で飄々と紡いだハボックに、ファルマンとブレダは納得したように「あぁ・・・」と、息混じりの声を

吐き出した。

「あの花のような姿を観れば、誰だって魂が抜けるでしょうね・・・ある意味、甘い罠ですよね・・・」

そう、言葉を紡いだファルマンの向かい側で、ふと顔を上げたブレダが、「あ。」と声を漏らした。

ブレダの視線を追い、ハボックとファルマンが振り返る。

そこには、先程のエドに心を奪われ、背当てクッションを抱き締めながら惚けているフュリーの姿があった。

先程ファルマンが言った、甘い罠にどっぷりと肩まで浸かっている。

「居たよ・・・魂の抜けてる奴がここに・・・」




「はぁ…」

何度目かの息を付いた時、不意に部屋のドアが開いた。

「どうした?」

投げられた声に、アルはゆっくりと振り返る。

窓からの光が鎧に反射して壁に白い輪を作り、まるでプリズム越しに散ったように幾つもの重なりを見せた。

ドアを閉めたヒューズは、アルの隣に腰を降ろし、いつもと同じ軽い口調で言葉を紡いだ。

「図書館に行くんじゃなかったのか?」

その言葉に「ああ…うん…」と小さく言葉を漏らし、アルは再び「はぁ…」と息を付く。

「エドの事か?」

「え…」

どうやら図星だったらしい。

ヒューズは「あー…」と少々ばつが悪そうに声を漏らし、髪を掻いた。

自分の所為でアルが落ち込んでいるのだと、思ったから。

「あー…その…何だ…」

ヒューズが言いにくそうに言葉を紡ぎ掛けた時、アルが口を開いた。

「中佐…」

ゆっくりとアルがヒューズを見上げる。

「やっぱり兄さんの事…兄さんって呼ぶより姉さんって呼んだ方がいいのかなぁ…」

「…は?」

てっきりエドの性別が転換した事を悩んでいるのかと思っていたヒューズは、予想に反したアルの言葉に間の

抜けたような声を上げた。

「だってさ、あんなに可愛くなってんだよ?なのに『兄さん』なんて呼びにくいよ。だったらやっぱり『姉さん』って

呼ばなきゃ駄目かなぁって思うんだけど、でも元々は姉さんじゃなくて兄さんだしさ。ねぇ中佐、中佐はどう思う?

『兄さん』がいい?『姉さん』がいい?」

息を付く間も無く言葉を迸らせたアルの勢いに少々押され、「あ・・・ああ・・・」と小さく声を漏らしたヒューズは、

気を取り直して口を開いた。

「どっちで呼ぶにしても、そりゃお前の自由だ。お前が呼びたいように呼んでやりゃいいんじゃねぇか?」

えー・・・でもー・・・と、声を漏らし、何処か納得行かないと言った様に、アルは窓の外に視線を移した。

そうして不意に、何かを観付けたように小さく声を漏らした。

そんなアルの様子に、釣られてヒューズも窓の外を覗く。

石畳を行き交う人の中に、一際目立つ少女の姿があった。

隣にロイの姿も見える。

何かを話しながらこちらに近付いて来るその姿を視線で追っていると、ロイを見上げる為に上げられたその顔が

見えた。

花のような、その笑顔が。

事もあろうに見えない矢となりアルの胸を貫いた。

「何だ。結構楽しそうじゃねぇか。」

どうやら余り責任を感じる事は無さそうだと、エドとロイの姿を見送りながらアルの隣でヒューズがぽつりと呟いた。

「心配して損しちまったなぁ。」

髪を掻きながら言葉を漏らし、ふとアルに視線を移す。

「確かにありゃどう呼ぶか考えちまうわな。まぁ、エドには違い無いんだ。今まで通り『兄さん』でいいんじゃねぇの?」

しかしアルはヒューズの言葉に答えず、眼下を通り過ぎて行くエドの姿を目で追った。

そうして漸く姿が見えなくなった頃。

ぽつり、と、小さくアルが呟いた。

「中佐・・・僕・・・『兄さん』を普通に『兄さん』として観られなくなっちゃった・・・」



からん、と、透き通った音を立ててグラスの中の氷が崩れた。

透明なエメラルドグリーンのソーダ水の中の小さな気泡が一斉に浮かび上がり、シュワッと涼しい音を立てる。

微かに跳ね上がる気泡を崩すようにストローで掻き混ぜてやれば、ソーダ水は一気に大人しくなった。

グラス越しに見えるロイの優しい手をぼんやりと眺め、その暖かさを思い出す。

2人でこうしてデートをするのは初めてでは無かったが、何だか照れ臭くて瞳を合わせられない。

性別が変われば性格も変わるのだろうかと思いながら小さく息を付けば、不意にロイの指がエドの前髪を掬う

ように掻き上げた。

「そんなに俯いてばかりでは、君の可愛い顔が見えない。」

低く、優しい声が耳元を掠め、エドは微かに身を震わせた。

ゆっくりと顔を上げると、微笑みを含んだロイの瞳に捕らえられた。

「あ…」

小さく声を漏らし、視線を逸らす。

いつもと違い、下ろした髪が、耳の上で交差させた白いピンの上をさらりと滑ったのが解った。

瞳の端に映るロイの白いシャツが眩しくて、ほんの少し目を細める。

「まるで君に誘われているみたいだな。」

エドの様子に、ロイが言葉を紡いだ。

「違っ…」

誘ってなどいないと、ロイを見る。

「やっと、ちゃんと目を合わせてくれた。」

満足そうにそう紡がれ、エドは「だって…」と、言葉を漏らした。

「大佐が観てるから…」

「観ていては、いけないかね?」

「そう言う訳じゃ、無いけど…」

困ったように紡ぎ、ソーダ水をゆるりと掻き回す。

先程よりも丸みを帯びた氷が、くるりとソーダ水の中で踊るように転がった。

「…何か…緊張する…」

「緊張?」

可笑しな事を言う、と、ロイは続けた。

「今更何を言う。初めてでもあるまいし。」

「そうだけど・・・でも・・・何か・・・恥ずかしいから・・・」

今までとは違う身体だから、特にエドがそう思うのだと言う事は、勿論ロイも解っていた。

解っていて、わざと弄っているのだ。

エドの反応のひとつひとつがいちいち可愛くて、またそれを観たいが為に、わざわざエドを困らせるような言葉を

紡ぎ出す。

全く、本当に良い性格をしている。

「恥ずかしい、か・・・」

そう零し、ふ、とロイは口元に笑みを浮かべた。

「それは、嬉しいねv」

「え?」

ロイの言葉の意味が解らず、エドは小さく首を傾げた。

「私に観られるのが恥ずかしいと言う事は、君が再び私に恋をしたと言う事だからな。」

だからこんなに嬉しい事は無いよと、ロイは言った。

その言葉に、みるみるうちにエドの顔が赤く染まる。

困ったような、その表情に。

ロイはエドが暫らくは元に戻らなければいいと、そう思った。




「ふぅ。」

部屋に帰り、買い物袋を置いて、エドは深く息を付いた。

窓を開け、ベッドの端に腰を降ろす。

さぁっ、と流れる風に髪を撫でられ、ほんの少し瞳を細める。
作品名:rose'~prologue~ 作家名:ゆの