rose'~second~
喉がからからで、声が掠れる。
「そんなのって…変だ…」
否定の言葉が、エドの口から漏れた。
「だって俺達…兄弟なんだぜ…」
「兄弟は変で、男同士は変じゃないの?!」
アルに投げ付けられた言葉が、エドの胸に刺さった。
アルがロイの事を言っているのだと言う事は、すぐに解った。
「それ…は…」
言葉が、出て来ない。
「…でも…それは…やっぱり…違う…」
漸く紡いだ言葉は、何故かエドの胸を締め付けた。
周りの空気が、痛かった。
「…ずるいよ…兄さん…」
ぽつり、と、アルが言葉を零した。
「兄さんには…ちゃんと兄さんの想いを受け入れてくれる人が居る…別に僕は…僕の想いを兄さんに受け入れて貰おう
なんて思って無い…でも…解って欲しかった…」
エドは俯いたまま、唯アルの言葉を聞くしか出来なかった。
「…僕の想いは…何処に行けばいいんだろうね…」
静かに紡がれた言葉に、はっとしたようにエドは顔を上げた。
まるでそれが合図のように、アルがエドに背を向けた。
「…僕…先に帰る…」
そう、ぽつりと零し、アルはゆっくりと歩き出した。
エドは延ばし掛けた手を引き、喉の奥に引っ掛かっていたままの言葉を、飲み込んだ。
傾き掛けた陽が、エドの姿をオレンジ色に染めた。
はぁ、と、何度目かの溜息を付き、傍にあった小石を目の前の川に向かって投げる。
小石は水面を数回跳ね、幾つもの波紋を作った。
先程のアルの言葉が、ぐるぐるとエドの頭の中で回っている。
好きなんだと、紡がれた言葉。
エドとは違い、受け入れられる事の無い想いは、行き場の無いままで。
「そんなの…どうする事も出来ないじゃないか…」
膝を抱え、ぽつりと呟く。
アルは、エドとロイの事を知っている。
だから勿論、その想いが報われない事も解っている筈だ。
恐らくは、その胸に秘めたままでいるつもりだったのだろう。
息を潜め、静かに心を燃やしながら。
いっその事、馬鹿な事をと笑い飛ばしてやれば良かったのだろうか。
そうすれば、アルも冗談だよと言えたかも知れない。
もしくは、あのような返し方をせず、一刀両断に終わらせてやれば良かったのだろうか。
さっぱりと振って、じゃあそう言う事でとでも言えば、アルはあそこまで落ち込んだ様子を見せなかったかも
知れない。
しかしエドは、殊更そう言った事には不器用だったので、咄嗟にそう返す事は恐らく出来なかっただろう。
仮に一刀両断に終わらせてやれたとしても、アルの返り血を浴びたままロイの所へは戻れない。
どう転んでも駄目じゃないかと、エドは頭を抱えた。
どんな顔をして、アルに会えばいいのだろう。
エドは再び、大きく息を吐いた。
リリリ、と、涼やかな虫の音が辺りから聞こえ始めた頃。
漸くエドは、重い腰を上げた。
余り遅いと、アルが余計に気にすると思ったのだが、既に陽は落ち、歩いている間に辺りは闇に包まれて
しまったので、意味が無かったかと、足を止めて夜を彩る星空を眺めながらエドは息を付いた。
まるで、落ちて来そうだと。
満天の星に、エドはぼんやりと考える。
あの星空の中にアルの想いを散らせてやれば、アルは楽になれるだろうか。
「だったら、いいのに・・・」
ぽつりと紡いだエドの言葉は、夜の空気に溶けて、消えた。
「もうっ!鬱陶しいわねっ!」
部屋の隅で膝を抱え、何度目かの深い深い溜息を付いたアルに、堪り兼ねたウィンリィが声を上げた。
「何なのよもう!人が仕事してる横でそんなどろどろした空気作らないでくれる?!」
ガン!と、ウィンリィの手から投げられたドライバーが、アルの頭にヒットした。
「ウィンリィ・・・」
傍に落ちたドライバーを拾い上げ、ぽつり、とアルが言葉を漏らす。
「僕・・・兄さんに・・・好きだって言っちゃったんだ・・・」
アルから全てを聞いたウィンリィは、頭を抱え、アルに負けない程の深い溜息を付いた。
「あんた・・・馬鹿・・・?」
心底呆れたように言葉を紡ぎ、目の前で落ち込んでいるアルを見る。
「何解ってて三角関係作ろうとしてんのよ。トライアングルがトラブルだって解らない訳じゃないでしょう?」
「・・・仕方無いじゃないか・・・勢いだったんだから・・・」
半分拗ねたように言葉を零したアルの頭を、手にしていた先程のドライバーで殴り付ける。
「あんたに告白されたエドがどう思うの?!エドに何てフォローするつもりなの?!私、そんな事でギクシャク
してるあんた達なんか見たく無いわよ?!大体、あんたなんて所詮幸せ者じゃない。あんたの傍にエドが居る
って時点で、既に欲しい物が手に入っているんだから。なのに恋愛対象としてもエドを手に入れようだなんて、
厚かましいにも程があるわ。頭悪い事してんじゃないわよ!」
逆向きに椅子に座り、背凭れを抱え込むように身体を預けながら、目の前のアルに向かってぶんぶんと
ウィンリィは手にしているドライバーを振り回した。
「・・・ウィンリィは・・・強いんだね・・・」
ぽつり、と紡がれた言葉に、神業のような速さで背のテーブルに置かれていたスパナを手に取り、ウィンリィは
物凄い勢いでそれをアルに投げ付けた。
ガコン!!!と、鈍い音が部屋に響いた。
「強くなんか無いわよ!でも今のあんたよりは強いわ!」
そう声を上げたウィンリィの瞳に、微かに涙が浮かんだ。
「私は自分の想いを大事にしたいから、この想いはエドには絶対に知られたく無いの!エドを好きな自分の
気持ちを汚したくは無いし、エドを思いやりたいからよ!」
そこら中にある工具を手当たり次第にアルに投げ付ける。
「何が『ウィンリィは強いんだね』よ!!ムカつくわ!ムカつくのよ!!トロくさい事言ってんじゃないわよ!!
本当にエドを恋愛対象として好きなんだったら、惚れた人間に相応しいように先ずしっかり立ちなさいよ!!」
最後に残った工具箱を投げ付け、肩で息をしながらアルを睨み付ける。
アルは俯いたまま、散らばった工具を工具箱に片付け始めた。
「とにかく!自分で撒いた種は自分できっちり何とかしなさい!ちゃんとけじめ付けなきゃ駄目なんだから!」
「・・・・・・うん・・・・・・」
アルはゆるゆると立ち上がると、ごとり、と、工具箱をテーブルに置いた。
「駄目だね・・・僕・・・もっとしっかりしなくちゃ・・・」
まるで自分に言い聞かせるように言葉を紡ぎ、アルは小さく「ごめん・・・」と、ウィンリィに零した。
「ちゃんと兄さんにも・・・さっきのフォロー・・・するよ・・・」
そう言って、アルはドアに手を掛けノブを回した。
「兄さん迎えに言って来る・・・」
振り返らずに言葉を紡いで、アルはそのまま後ろ手にドアを閉めた。
アルが外へ出ると、丁度エドが向こうの方から歩いて来るのが見えた。
エドはアルに気付くと一瞬足を止めたが、ふいと視線を逸らすと再び歩き始めた。
口を開き掛けたアルは一旦言葉を飲み込み、そうして再び意を決したように言葉を紡いだ。
「お帰り、兄さん。」
作品名:rose'~second~ 作家名:ゆの