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DH/PL新刊「i kiss you (n&d)」

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ディーノは暗い校内を走った。ロマーリオを置いてきた今、灯りがあっても無くても関係なく、足をからませて階段を踏み外して何もないところで転んでようやく応接室にたどり着いた。果たして雲雀はそこにいた。黒の安物のソファに身と横たえて暗闇と同化するように寝ていた。無防備に寝息を立てているが、頬には怒りで紅潮した名残がのこっていた。ディーノは為す術もなく立ち尽くす。
自分は完全に雲雀の興味の範囲外に出てしまったことに、ただ立ち尽くす。戦意を失った雲雀はどうでもいい存在には視線すらよこさない。きっと今、雲雀が起きてもディーノはまるで空気のように扱われるだろう。
ディーノは膝をついて、雲雀の背中に触れようとして寸前で留めた。静かな拒絶は自分の存在価値を根底から否定されているようで、ディーノの気持ちを弱らせる。
『あなたは、僕と何がしたいの?』
背中を向けられて問われたそれは雲雀自身が自分に問うているような響きがあった。返事のために口を開くディーノを遮って、雲雀は問いを重ねた。
『僕はあなたにとって、どんな利益がある?』
『利益だなんて、そんな』
『マフィアは利益がなきゃ動かないだろう?それぐらい、僕にもわかる』
衣擦れの音すら無く起き上がる雲雀は、ディーノに解答を求めていた。と、同時に何か覚悟のようなものをその黒々とした眸に湛えいていた。闇の中、外からの光に鈍く光の中の雲雀の感情が反射する。
『利益は、』
ディーノの声は喉に詰まったように掠れる。
『おまえが強くなること』
『あなたはそれすらも欲するの?――出ていくんだね』
『違う。おまえが強くなること。どんな敵にも負けないように、膝を屈さないように。オレを超えるぐらい強くなれること。利益は、オレだって強い相手が欲しい。そんなところだ』
『赤ん坊は強いよ。それにいくら僕が強くなっても、あなたの組織には入らないよ』
『わかってる。さっきはオレが悪かった。投げられた石がどんな波紋を描くか考えていた。恭弥のことをおろそかにしたのは事実だけど、おまえに興味を失ったわけじゃない。世界はひとつで、世界中でいろんな事が同時に起きている。今、こうして話している間でも、誰かが産まれて誰かが死ぬように。世界は絶えず蠢いているんだ。恭弥、おまえはまだ子供で何も知らない。それはまだ知らなくてもいいかもしれない。でも、知らない罪というものもある。それは判るな。それを教えるべきか、どう伝えるべきか、それを考えていたんだ』
“家庭教師として”という単語を呑みこみ、反論を挟ませないように半ば雲雀にすがるようにディーノは云いつのった。イタリアからすれば東の果ての、国土面積だけ見れば小さな、でも経済的には決して小さくないこの国と縁を持つなんてついぞ考えたことは無かった。でも、同盟ファミリーのボス候補を弟分に持ち、東洋の少年の家庭教師になるなんてどんな運命の悪戯だとディーノは頬を緩める。
彼は運命論者めいたところがあった。人生は生まれた時からディバインデザイン(ルビ:神の采配)されたミッションが決まっていて、どれだけ抗ってもそのレールの上を走ることだけだと心のどこかで思っていた。であれば、せめて自分の役目を全うしようとできうる限りのことをしてきた。傾きかけていたキャバッローネの財政を建て直し、自分の周囲に微笑みの輪が広がっていくことで良しとしてきた。誰かの笑顔が自分の務めだと、みんなが楽しめればそれでいいと無意識に言い聞かせていた。それが雲雀に逢って、振り回されて色褪せていた日々に色がつき始めた。キャバッローネの10代目ではなく、ディーノ自身が必要とされていること。肩書でも富でもましてやルックスでもなく、素のディーノを雲雀は欲した。それがディーノを強く惹きつけた。それも闘う相手としてだなんて、眠れる獅子の心の底を強く揺り動かす方法で。
キャバッローネの9代目の息子というポジションは、彼本人以外は周囲みんなが羨んだ。いつだって彼は捨てる覚悟はできていた。リボーンによって、その覚悟は反対の意味で決めさせられたけれども。
『誰かと向かい合っている時に違うことを考えるのは失礼なことだって、誰も教えてくれなかったの?』
常識の一番遠くに立つ雲雀からそんな常識めいたことが吐かれて、知れず雲雀の両腕を握りしめていた手の力を抜いた。見上げる雲雀に怒りの要素はみつけられなかったのでディーノはへらりと笑った。
『――あぁ、誰も教えてくれなかった。だから教えてくれよ、恭弥』
『僕の家庭教師になるには百年早いんじゃない?』
自分のどこがそうさせたのかよくわからないけれども、雲雀が機嫌をなおしてくれたならそれでいいや。
ディーノは頬を緩めたまま雲雀を抱きしめる。腕の中の強張る体に、必要以上の接触をしてしまったと慌てて両手を離す。
『もう怒ってないから、戻りなよ』
『怒ってないなら飯行こうぜ。もちろん、オレとお前だけで。レストラン貸し切るから』
『なら行く』
そうすんなり立ち上がるとは思わなかったディーノは喜色満面で雲雀に抱きつこうとする。その手はトンファーで寸前で止められる。
『もう一度やったら、わかるね』
さっきまで怒っていた雲雀は好戦的というスパイスをかけつつも、ディーノの好きな種類の表情を見せた。
ディーノはどんな理由であれ、人が笑うのが好きだった。

作品名:DH/PL新刊「i kiss you (n&d)」 作家名:だい。