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ソードマンの独白-7.5 神のみぞ知る

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「すまない。先に帰っていてくれ」
 あっちゃー……。つか、アルケミストは少し気にした方がいいと思う。そう、真剣な表情で紙ばっか見てないで。ああうん、目に入ってないねアレ、完全に。元連れの男が怒ってるっぽいとか、もう全然見えてない。アルケミストだけじゃない。女性の方も何一つ気にする様子はないし、行動を変えるつもりもないみたいだ。ていうか、早く会話に戻りたがってるというか、アルケミストから紙をとりあげて自分がゆっくり見たがってるっていうか。いくらかきつい言葉と戸惑いのやりとりがあった後、がっくりと肩を落とし、元連れの男は店を出ていった。
 ……なんかこう、どっかで似たような光景を見た気がするんだけど、きのせいかな。うん、きっと気のせいだよね。ていうか、増えた? 何がっていうか、うん、増えた。
 薄暗い何かの中に湧き上がる疑問をねじ伏せ、おれは仲むつまじく語り合う男女から無理やり視線をひっぺがした。
 一晩語り合う、か……。あのおねーさんも? やっぱり味のわからなくなった夕飯を機械的に口に押し込みながら、おれはとりあえずこの後狼に付き合ってもらって世界樹に行ってこようかなーなんてことを考えてた。だってしょうがないじゃん大部屋暮らしなんだから、やつあたりも何もかもできないんだって
ば!



 狼につきあってもらって、夜の世界樹を走り回った。っても、さすがに一番下の階層だけど。美味しい水だかなんだかをとりにきてたどこかのギルドにうっかり切られそうになったり、ついでに水源に思い切りダイブして文句言われたり――いやかかってきたのそっちじゃん! うん、微妙によろしくない散歩だった。……ていうか、月がうつっててもうつってなくても水の味なんて変わんないと思うんだけど、金持ちの言うことって良くわかんないよなー。
 連中と分かれた後、もう一周くらい行きたいと思ったんだけど、いいかげんにしろと狼につっこまれた。ので、しぶしぶ今日の散歩はおしまいにする。狼の忠告はいつも正しい。フロースの宿に帰りつくと、門限どころか、窓明かりすら、大部屋を筆頭にほとんどが暗くなっていた。
 さて。狼を家畜小屋に戻した後、どうやって中に入ろう。メディックならきっとまだ起きてるだろうから頼めばいいだろうか、と。そんなことを考えながら、明るい窓を確認してて気づいた。……アルケミストの部屋が明るい。時間だけ考えればそんなに不思議でもないんだけど、彼は今日、一晩出かけてるという話じゃあなかっただろうか。
 こくりとおれは息を飲んだ。そして、少し考えてから、小石を探す。確実にあれはアルケミストの部屋のはず、と。そう確信してから、勢いを加減して小石を投げた。さすがに一個じゃ無理か、と。もう一個拾って、同じ動作を繰り返す。しばらくしてから、窓があいた。
 見下ろしてくるのに手をふると、彼は大きくためいきをついた。そして、無言で背後をさす。あけてくれるのかな? おれの返事を待たずに閉まる窓を見てから、宿の裏口へと回った。
「泊まる場所も確保せずに夜遊びか」
 裏口にカギをかけるなりの呆れたような言葉を聞き流して、おれはただいまとだけ言った。はいはいおかえりと面倒そうな返事に、数回目なのに全然色あせない感動を味わう。
「アンタこそ今日は帰らないんじゃなかったの?」
「初対面の女性をつれこんで一晩語り明かすわけにもいくまい」
 物足りないといえば物足りないが、これからの楽しみが増えたからよしとするか、って。……。
 おれはきびすを返す彼を追った。ちらりと彼はこっちを見た。けど、何も言わなかった。うん、大部屋は一階だから、階段を上る必要はない。
「じゃあさ」
 自室のカギをあける背中を見ながら、おれは言った。ちょっとだけうわずってるのがカッコ悪い。カッコ悪いけど、そんなの気にしてられない。旧友の人に追加で、おねーさんまで? いやあの人、パートナーいるみたいだけど。なんかイヤな予感するんだよ、旧友の人とは違った意味で!
「じゃあ、今晩はおれといてよ」
 扉をあけずに彼はおれを見た。……あれ? なんかすごくうさんくさい表情……って、え?
「オマエといるのは構わんが、やらせる気はない」
「……え」
 それでもいいか? と。そんな容赦ない言葉に、なんでと叫びかけて口をふさがれる。
 正直、断られるとは考えてなかった。だって、だって! この前おあずけしたし、もともと一晩語り明かすつもりだったんだから、しぬほど眠いとかないよね!?  明日休みだし。それに今までだって、や、やりたいっていうの駄目っていったことないじゃん! ぐるぐると考えながら、思わずすがるような目になって彼を見上げる。彼は眉を寄せたまま口を開いた。
「悪い予感がする」
 なんだよそれ! ていうか、ねえ、もしかしてアンタ、出方を見てたんじゃなくて本当にしたくなかったの? また、誤解してたわけ? おれ。
「門限後だ静かにしろ」
 パニックのまま、口をふさぐてのひらをひっぺがして問い詰めようとしたおれに対し、彼は少し強い口調で言った。動きを止めたおれに対し、彼は騒がないなと念を押した。頷くのを確認してから、ようやく彼はてのひらを引いた。
「オマエ、前にいれさせたときのことをおぼえているだろうな」
 扉に背を預け、警戒心をあらわにして、彼はそう言った。ええと、前、って、どのことだろ。おぼえてないとは言わさんという剣呑な目つきに、急いでおぼえてると頷く。全部おぼえてる。ただ、彼がどれのことを言ってるのかわかんないだけで。……って、この様子だと、多分、次の朝灰皿投げられたあれ、かな。
「ああいうのは付き合いきれん。だから、やらせろというなら断る」
「……え。待って、それって、その、も、もう、するのはナシってこと?」
 た、確かにおれは、気が向いたときにきもちいいことするだけの関係はイヤだって思ってるけど、それってきもちいいことをしたくないって意味じゃ絶対ない! むしろ是非やりたいっていうか、多分それ以外のこともアリの方がもっと気持ちいい、んじゃないかと思う!
「そうは言っていない」
「言ってんじゃん!」
 声が高いと言って、彼はおれの頭をぽかりとやる。……篭手じゃなくてよかった。
「入れさせてやる気はないが、可愛がる気は大いにある。それでいいか?」
「……」
「いいな?」
「……ずっと?」
 そうだな、と、彼は首をかしげる。そして、まあ様子見だなと頷いた。うう。



 その後。撫でたりさすったり舐めたりくわえたり上になり下になりって感じで、彼の言葉通り、おれはおおいに可愛がられた。い、今までしたことなかったこともされたっていうか、した。いろいろ。ええと、恥ずかしいこと言わされるのって、言葉攻めってゆーんだっけ。最初のうさんくさい表情はなんだったのかっていうくらいにノリノリだった。
 そんな彼のノリが、途中一回だけ途切れた。
「……オマエ、おれが言ったことを本当にわかってるのか?」