大きな姫と小さな王子(仮)
アメストリスの東側には近隣諸国の中でも最も広大な国土を持ち戦いを好まず中立を保つ国、リゼンブールがある。
土地の大半はそのままの大自然。小さく切り開いた土地に首都はあるが、全人口の大半が田畑を耕したり酪農などで生活を営んでいる。
どこからも攻撃されず、友好的に国交を治めているのは、農作物の輸出が最たるものであるが、錬金術と医学の発展に力を入れているのも大きいだろう。
王の名はヴァン・ホーエンハイム。
開かれた治世で民に慕われ、錬金術の研究に日々を費やす、変わり者の王様である。
そんなリゼンブール王とアメストリス王が実は親友同士であるのは結構有名な話で、土壌に恵まれなかったアメストリスにとってリゼンブールは素晴らしい輸出国でもあった。
29年前、ロイが姫として諸外国に生誕が知らされたすぐ後に、ホーエンハイムの元へブラッドレイが自ら忍びで赴き、とある確約を内密に取り付けたのを知るのはほんの一握りの人間だけだが…。
蝋燭の火だけの質素な部屋は、実は王の研究室だ。
派手は好まず、実用重視。まさに錬金術師の部屋と言える器具や書物が置かれたその場所に、金色の髪と髭を蓄えた男と、黒髪を撫でつけ、同じく黒い眼帯で片目を隠した男が顔を付き合わせている。
会話の内容は現在のアメストリスの緊迫した内情など、中々に難しいものではあったが、ホーエンハイムの妻トリシャが手ずから振舞ったコーヒーが湯気を立て、取り立てた緊張感は感じられない。
生まれた姫が実は王子であった事、どうしてそうせねばならなかったのか、寛いだ体勢のままに語るブラッドレイの言葉にアメストリス王は耳を傾けていた。
ある程度内容は把握できた、と金色の髭を撫で、んー…などと間延びした声で暫し熟考のポーズ。
ふと顔を上げ、見透かすような金色の瞳でひたと男を見据えると、ホーエンハイムはぐっと身を乗り出した。
「で、何して欲しいんだい?」
研究者らしい直球を投げかける。
ホーエンハイムの性格を知り尽くした親友は少し真面目な顔をして、やはり直球で願いを告げた。
「この先お前とトリシャの間に子供ができて、それが女の子だったら王子として育てて欲しいんだ。」
うちのロイのお婿さんにくれないかね?と。
「うーん…そうだなぁ…。トリシャが良いって言ったら構わない、かな?」
いい年した男が小首を傾げて曖昧な物言いをするのは少々気色悪いものだが、元から表情に愛嬌のあるホーエンハイムはその限りではなかった。
二人暫し沈黙。
そしてとても気が合うらしい壮年二人はほぼ同時に二杯目のコーヒーを静かに用意していたトリシャに向けた。
「あら、私?」
やはり二人同時に頷く。
その姿に思わずふふっと声を上げて笑うと、まだ15歳にしてはやけに大人びた表情で立てた右手の人差し指を口元に宛がった。
「そうね、それが解決策になるかと言えば、先の事は解らないわ?ロイ姫と、これから生まれてくるかもしれない私達の子にも意思はあるのだし…。」
黙ってコーヒーを淹れていた歳若き王妃が実は一番の人格者かもしれない。
さりげなく会話を耳に入れ、色々と考えていたようだ。
「でも…幸せになる可能性だってあるのよね。いいんじゃないかしら。もしロイ姫のお婿さんにならなかったとして、実は姫でしたー!って言ってもリゼンブールの皆は笑って許してくれると思うし。」
シンプルなテーブルから二人分のカップを取ると、優しい音を立ててコーヒーを注ぎ足し。
女神のように微笑んでブラッドレイの瞳を覗き込んで、それよりも大事な事があるとすっとぼけた二人の王を交互に見遣ると、トリシャは満面の笑顔で
「ロイ姫が幸せになりますように、おめでとうキング。」
命の誕生を祝ったのだった。
珍しく頬を染め、口篭りながら「ありがとう…」と呟いた親友に「そうだった、おめでとうキング!このコーヒー飲み終わったらワイン開けよう!」と祝杯を交わした事などどこの記録にも当然残ってはいない。
そして中々子宝に恵まれなかったリゼンブール国王夫妻に女児が誕生したのはその14年後の事である。
作品名:大きな姫と小さな王子(仮) 作家名:pana