Un libro di caso di fortissimo
「…おめでとう、ございます」
俺はちゃんと笑えていただろうか
トムさんから結婚の報告を聞いて、俺はいよいよを覚悟した
俺はトムさんのことが好きだった
恋愛感情の方で
トムさんと過ごした一年にも満たない短い期間は、俺の青春全てだった
俺の手を掴んでくれた、初めての他人
今思えば好きにならないわけがなかったのだ
でも言えるわけがなかった
トムさんは男で、俺だって男だ
それがおかしなことだと、いくら俺でも分かる
それに俺は化け物だ
そんな俺がトムさんに恋心を抱いたところで、迷惑以外のなにものでもない
だから俺はそれに蓋をした
蓋をして隅に追いやって見ないことにした
ゆっくりと過去のものにしていこう
そう、思っていた
だが現実は残酷だ
優しくて、残酷だった
ノミ蟲にはめられて警察に捕まって、仕事もまたクビになった
人生でも最悪の部類に入るような、そんな日に再会した
べこべこに沈んだ俺になんでもない顔で手を差し伸べてくれたのはトムさんだった
差し出された手に、追いやったはずの恋心はあっさり溢れ出した
それでも言えるわけはなく
もう一度、蓋をした
固く、固く
それでも足りなくて、トムさんと話す度、トムさんと一緒にいるただそれだけで耐え性のない俺の恋心はじわじわじわじわ広がっていく
ごめんなさい
ごめんなさいトムさん
好きになってごめんなさい
早く、早く忘れなくちゃ
早く、早くこんな心は捨てなくちゃ
いらないのに
持っててはいけないのに
いつしかそれはじりじりと焦げ付くような飢えになっていた
トムさんを見る度、話す度、喉がカラカラに渇いてたまらない
俺は、ちゃんと笑えているだろうか
いつの間にか、作り笑いが常になった
「静雄、俺、結婚しようと思うんだ」
「………まじっすか」
「おー、まじまじ」
「…おめでとう、ございます」
トムさんから結婚の報告を受けて、真っ先に考えたのはこの人の前から消える算段だった
フォルテッシモ逃走計画