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【シンジャ】七海の覇王に愛されて【6月東京シティサンプル】

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 シンドバッドが王で無ければ、彼の言葉を躱すような事はせず自分の気持ちを疾うに伝えていただろう。否、シンドバッドが王で無くとも、自分の気持ちを伝える事はしなかっただろう。元暗殺者である自分の手は、洗っても洗っても消えないほどの血が染みついている。眩しい存在である彼とそんな自分が恋人などという関係になって良い筈が無かった。
「またその話しか。俺は妻を娶る気は無いと言ってるだろ」
「あなたはこの国の王ですよ。そんな訳にはいかないと以前から申し上げているでしょ」
 妻を娶っていてもおかしく無い年齢であるというのにシンドバッドが妻を娶っていないのは、自分の事を愛しているからだ。そこまで愛されている事を嬉しく思わない筈が無い。それを嬉しく思っていたが、それを言う事もそれならば仕方が無いと言う事も出来ない。それは、自分はこの国の政務を担当する政務官だからである。
「……分かった」
「やっと分かって下さったのですね」
 暫く悩む様子を続けた後シンドバッドが言った言葉を喜ぶようにしてそう言ったが、内心はそんな態度とは全く別であった。妻を娶れという事を言っておきながら、シンドバッドの言葉を聞き息すらも上手く出来無くなってしまうほどの苦しさを感じていた。
「では、お前と結婚しよう」
 そう言ったシンドバッドの声色は真面目な物であった。
「え……っ」
 まさかそんな事を彼が言い出すとは思っていなかった為、驚きの余り声を思わず出してしまった。
 体を抱き締められている為体を彼から離さなければ、シンドバッドの顔をよく見る事は出来ない。体を軽く離し彼の顔を見たのだが、聞こえて来た声同様彼の顔は真面目な物であった。
 最初はそんな顔を見ながら動揺しているだけであったのだが、紫色の髪と赤茶色の双眸をした彼の顔にいつの間にか見とれてしまっていた。彼の側にいるようになってから、既に十年以上の時が経っている。見飽きてもおかしく無いほど彼の顔を見ている筈だというのに、こうやって時折ふと彼の顔に見とれてしまう事があった。そんな自分に気が付き内心慌てたのだが、見とれてしまった事をシンドバッドに知られる事になってしまうので、それを態度に決して出す事はしなかった。
「ご冗談を」
「冗談じゃ無いぞ」
 態とつんと澄ました態度で言うと、真剣な様子でシンドバッドからそう返された。
 その言葉に再び動揺してしまいそうになったが、それを決して態度に出す事はしなかった。少しでも態度に出してしまえば、シンドバッドに言い包められてしまう事になってしまう。今までの経験からその事はよく分かっていた。
「私などと結婚できる筈が無いじゃ無いですか。いい加減離してくれますか。あなたがあちこちで色々するせいで、片付けなければいけない仕事が山のようにあるんです。いつまでも遊んでいる暇はありません」
 これ以上この話しを続けるつもりは無いという意味を込めて言ったのだが、それはシンドバッドに伝わったようだ。自分の台詞を聞き溜息を吐いた彼の様子からその事が分かった。
「分かった」
 諦めて結婚をするという意味でそう言ったのでは無く、この話しをここで止めるという意味で彼がそう言った事は間違い無い。妻を早く娶れという事を言っておきながら、妻を娶る気が全く無い彼の様子に安堵している自分がいた。そんな自分を責めていると、自分の体を抱き抱えたままシンドバッドがざばざばという音をさせながら浴槽の中で歩き始めた。
 分かったという事を言ったので自分の体を離すのだと思っていたのだが、彼はまだ自分の体を離すつもりが無いようだ。自分の体を抱き締めたまま浴槽の端まで行くつもりであるようだ。
「シン。自分で歩けます」
「まーまーそう言うな。俺がわざわざ運んでやってるんだ」
 シンドバッドの台詞は恩着せがましい物であった。運んでくれという事を頼んでもいないというのにそんな事を彼から言われ腹が立った。そんなジャーファルの目はつり上がった物へとなっていた。
 浴槽の端まで行くと、浴槽の端へと座らせる格好に自分をした後自分から手を彼は離した。
 まだ湯の中に足が入ったままになっていたのでそれを湯から出すと、濡れた服が一層気持ち悪くなった。早くこの服から着替えたい。しかし、ここに着替えは無い。浴場の外に女官が待機している筈なので、着替えを持って来るように彼女らに頼もう。濡れたままここから出る事は出来ないので、受け取った新しい服に着替えてからここを離れよう。
 まさか湯の中に落とされてしまう事になるとは思っていなかった。心の中で溜息を吐きながら、先程から特に気持ち悪く思っていた後ろの長い帽子【クーフィーヤ】は先にここで脱いでしまう事にした。
 帽子を脱ぎ銀色の髪をそこから露わとすると、まだ湯の中に浸かったままとなっているシンドバッドの手がこちらへと伸びて来る。こちらへと伸びて来ている彼の手には、湯船に浮かんでいる花が一輪握られていた。それをどうするつもりなのだろうかという事を思う前に、シンドバッドの手が顔の横を通り過ぎていった。
 耳に何かを付けられたという事を思っていると、シンドバッドの手が自分から離れていった。その手に先程まで握られていた端だけが白くなっている赤い花が無くなっていた事から、耳に彼が先程まで手に持っていた花を掛けたのだという事が分かった。
「よく似合ってるぞ」
「ふざけないで下さい。男に花なんか付けてどうするんですか。こんな姿誰かに見られたら笑われる事になってしまいます」
 体が熱くなってしまうほどシンドバッドの行動を恥ずかしく思うだけで無く、そんな彼の行動を喜んでいる自分を恥ずかしく思った。それを欠片も態度に出さなかったのだが、こちらを見遣ったままとなっている彼は自分の発言を聞いても目尻を下げたままとなっていた。
 今の行動を喜んでいる事へと彼に気が付かれてしまったのかもしれない。否、そんな筈は無い。耳の上に花を付けた自分の姿を見てそんな顔をしているだけである。考えすぎであると自分の考えに対して思っていると、浴槽の縁へと腕を置いていたシンドバッドの顔がこちらへと近づいて来た。
 花を耳の上に付けられた時と同様に、何をするのだろうかという事を考えるよりも先に唇に肉厚の唇が重なって来た。
 シンドバッドに唇を奪われてしまった。
 驚きから頭の中を真っ白にしていると、重なっていた唇が離れた。
 唇が離れた事により停止していた思考が動き始めた。
「何をするんですか!」
「無防備だったから奪っただけだ」
 肩を怒らせて自分が怒っているというのに、シンドバッドはさらりとそう言ってのけた。
「無防備だからって奪って良い筈が無いでしょ!」
「なんだ。初めてだったのか?」
「そんな事ある訳無いじゃないですか!」
 からかうようにして言って来たシンドバッドにそう言うと、楽しそうな様子であった彼が急に不機嫌な様子へとなった。
「誰とした事があるんだ? 俺の知ってる相手か?」
「誰だって良いじゃないですか! 私は仕事に戻りますからね」
 自分が唇を重ねた事がある相手が誰かという事を言いたく無くてそう言った後、シンドバッドの反応を確かめる事無くその場を後にした。